「世の中には、おそろしく才能のある人間がいるもんだなぁと思ってね」

そう言って愉しげに微笑んだ。

「でもこの天才、いつもおそろしく金がないんです。クロードの場合、ちょっとでも金が入ると高いスーツを買ったり旨いものを食べたり。それもいけないんだが、この天才に筆を折らせるのはどうにも惜しくてね、親父からの仕送りを何とかやりくりして、彼が描き続けられるように多少手助けしたりして。一緒に暮らすのもそのため。あ、僕もね、クロードと一緒に描けるのが、すごく楽しいんですよ、もちろん。刺激になるし、勉強にもなります」

両親には何度も懇願し、画家を志すことをしぶしぶ承知してもらったという。

「だから、食費や薪代なんかはできるだけ倹約しようと思っているんです」

アトリエを提供し、家計も算段してもらっているというのに、居候のモネの方がいつも威張っているように見えた。

バジールは、このいつも自信満々な男を心から尊敬しているようなのだ。

モネは、カミーユが到着したこともすっかり忘れているようだった。いつものあの目でキャンバスを見つめている。パレットから絵の具を選び取ると、迷いなく線を引き、点を打っていく。その間、彼は息もしていないように見えた。

カミーユは身支度を整えると、カフェオレカップを両手に挟んだまま、モネの横顔に見入っていた。

モネはふと顔を上げると、その朝初めて口を開いた。

「あぁ、すまない。始めよう」

カミーユは彼と目が合って慌てた。

※本記事は、2020年8月刊行の書籍『 マダム・モネの肖像[文庫改訂版]』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。