六月九日(日)

ずっと連絡してくれるのを待ってた。携帯とにらめっこして、景子からの連絡を待ってた! 怒ってるのに、メールしてごめんな。俺は間違えたこともあるけど、景子への気持ちを違(たが)えたことは、一度もないよ! 愛したのは、景子しかいないから。切り捨てられても、僕の妻は景子しかいないから。

過去から求めてきたのは、家族団らんそれだけだった。家族の会話を求めてた。なのに、うまくいかなくてごめんな。本当にごめんなさい。どんなことがあっても、景子と真奈美と佳奈美しかいないから。見放されても、唯一それが何よりも大切な、一番大切な家族だから! それしかないから。家族ほど大切なものは、ほかに絶対にないと思う! ごめんなさい。

家を出て半年が過ぎた頃のメールだ。びっくりマークが増えてきて、必死さが伝わってこないでもないけれど、はたして、どこまで本心なのか……。そう疑わざるを得ない出来事が、この頃にあった。

弁護士さんに会いに神奈川へ行った時のことだ。どうせ近くまで来たのだからと、昼間、孝雄がいない時間帯に自宅に寄ってみた。すると、家の中が妙(みょう)に片付いていた。台所の洗い物も洗濯物も溜まっていないし、テーブルの上も散らかっていない。

そして……二階の寝室で見つけたのが、灰皿の中に夫のタバコの吸い殻とともに残されていた、口紅の付いた吸い殻だった……。当然、私はこれを、新たな状況証拠として写真に収めたのだったが、とにかく愕然(がくぜん)とした。

心を入れ替えて命がけで頑張るから? あれから後ろめたいことはしていません? 景子のことを、いっときも忘れたことはありません? 愛しているのは景子だけです?

(はぁー、やっぱりこの人は信用できへんわ……)

腹が立った私は、その吸い殻を捨てたのはもちろんのこと、あちらこちらに私が家の中に入ったとわかるような痕跡(こんせき)をわざと残して家を出た。その痕跡に帰宅した孝雄が気づいて、数日後に送ってきた言い訳メールがこれだ。

六月十六日(日)

父の日ですね! 父親として、夫として、何もできなくてごめんなさい。元気ですか? 景子のことを、いっときも忘れたことはないです。景子に会えなくて、苦しくて気が変になりそうです。信じてください。

寝室にあった灰皿の中の口紅の付いたタバコの吸い殻は、景子と子どもたちに急に出ていかれて、食事も洗濯もできず、家政婦さんに来てもらった時に、その家政婦さんが一階で吸ったものです。その後、二階の部屋に、僕がそのまま灰皿を運んで吸ったものだから、一緒に吸っていたように混ざってしまい、このことで誤解されてると思います。

家政婦さんは、お金が高いから、今はもう雇っていません。昔に揉(も)めた人とも、もちろん付き合ってなんかいないです。変なことを書いてごめんなさい。景子のことを思っていなかったら、こんなメールはしないです。どうか思い直してください。

僕は、景子と共に生きていきたいです。子どもたちに今は嫌われていても、景子に血のつながった父親は一人しかいないように、真奈美と佳奈美の父親は、僕しかいません。どうか引き裂かないでください。今までのことを必死に償(つぐな)って、家族を大切にして生きていきたいです。景子のことを愛しています。愛せるのは、結婚して子どもを授かって、一緒に暮らしてきた景子しかいないです。

前に言えなかったけど、景子のことを家政婦だなんて思ったことは、たった一度もないです。景子は僕にとって一番大切な人です。どうかどうか別れないでください、お願いします。心から連絡を待っています。