不可解な事実

自分だけB型なんていう事が、本当にありえるのだろうか。

蓮の頭の中は、医者の言った言葉がメリーゴーランドのようにぐるぐると回り続けた。

その夜、蓮は寝床に入ってもなかなか寝付けずにいた。枕元に置いてある時計を見ると、針は二時三十分を指している。

蓮は、またため息をついた。一生分のため息を、今日一日で使い果たすかもしれないなと思った。

息を潜め、忍び足で台所に向かうと、隣の部屋からは有花の寝息が聞こえてきた。

ゆっくり居間のドアを開けると、キイと金具がこすれ合う音がした。

耳を澄ますと、有花の寝息は相変わらず蓮の耳に届いてくる。はあとまたため息をつき、台所に入った。コップを片手に、蛇口から水を一杯注ぎ込む。

有花が閉め忘れたのだろうか、少し開いた窓の隙間から吹いてくる心地よい風が、重い瞼を軽くした。薄暗い部屋の中に、月明かりが優しく刺し込んでくる。

すると、お腹を空かせたのだろうか、外で野良猫がにゃーおと鳴く声が聞こえてきた。

ミケは数年前に死んでしまった。仕事が休みの日、近所を散歩していた有花が、道端で倒れているミケを発見したのだ。ミケはその時、既に息を引き取っていた。

猫は呑気に生きて居られるからいいよなあ。出来る事なら猫と変わりたいと思う気持ちを抑え、ごくりと音を立てて水を飲み込んだ。相変わらず水はキンキンに冷えている。

「どうして蓮くんは、お父さんがいないの?」

幼少期の蓮は、友人にその事を聞かれても上手く説明する事ができなかった。

蓮は、両親が別れた理由を知りたいと思った事は何度もあったが、それを直接有花に聞く事はできなかった。

子供二人を育てる事に必死だった有花を、悲しませたくなかったからである。

有花は二人の子どもを、女手一つで必死に育てた。仕事をしながら家事に育児に忙しく、時には兄弟の喧嘩に世話を焼く。母子家庭ではよく見られる光景である。

父親がいない家庭を選んだ有花は、父親としての役割も果たしていたかというと、そうではない。父親の威厳、背中で見せる男としての将来像のようなものは、有花には無茶な恰好であった。

しかし兄弟は、有花の深い愛情や優しさに包まれ、非行に走る事なく、純情に真っすぐに育てられていったのだ。

学力や夢、将来の希望など蓮には関わりの無い話であった。それでも蓮は、有花に感謝していた。

「にゃーあお」

また、野良猫の鳴き声がした。今度はさっきよりも近くにいるようだ。

蓮は窓を閉めて、半分残っていた水を流しに捨てた。

有花が、苦労して自分を育ててくれた事を思うと、胸が締め付けられる思いであった。

やっぱり言わないでおこう。

そう心の中で呟きながら、蓮はまた寝床に戻り、枕に顔を埋めた。

矛盾と迷走

結局、家族の誰にも話せずにいた蓮は、高校時代から親しかった友人の謙介に、この件を相談する事にした。

謙介は高校時代、共に野球をやり遂げた仲間であり、親友の一人である。

学生の頃はよく、謙介の恋愛話を聞かされた。謙介は部の中でもすっきりとした顔立ちで、女子からの人気も高かった。

蓮には事ある毎に女子を紹介する謙介であったが、野球にしか意識が向かなかった蓮は、話を右から左に聞き流していた。

野球部を引退してからも、二人は、謙介の家でふざけあってゲームをしたり、お互いの現状を語り合う仲だった。

謙介は、蓮が幼い頃に両親が離婚している事、そして十年ぶりに父親と再会した事も知っていた。

その日、蓮は謙介を誘って、二人で温泉へ出かけた。温泉は山林の途中にある。緩やかな坂道を登り始めてから十五分程経過した頃だろうか。謙介の運転する車は、温泉の駐車場に到着した。