新婚生活

そんなことがあった日から五日ほどが経った激しく雨の降る夜だった。美紀はまた唸り声で目が覚めた。大丈夫かとの声を掛けようと寝たまま美紀が靖夫の肩に手を置いたときだった。

靖夫がカッと目を開き、突然跳ね起きて美紀に覆いかぶさった。一瞬手荒い愛撫かとも思ったが、靖夫の左手が美紀の肩を抑え、右手は美紀の首に掛かり強い力で喉を掴んだ。美紀は息が詰まった。豆電球の薄暗い灯りの中でさえ靖夫の目が血走っているのがわかった。唸りを発する口からは獣じみた口臭と涎が垂れていた。

尋常ではない夫の振舞に強い戸惑いを覚え、どうしたらいいかわからなかったが首に掛かった靖夫の手から力が抜かれることはなかった。意識が遠退きかける中で、このままでは殺される。そう思った美紀は伸し掛かる靖夫の腹を下から思いっきり蹴り上げた。一端は離れたが靖夫はなおも美紀を組み伏せようと迫って来た。意味不明の言葉も喚き散らしている。

「ぎゃー、何するの! やめてっ、やめてー!」

美紀は逃れようと悲鳴を上げながらバタバタと這い部屋を必死に逃げ回った。突然、部屋の廊下側の障子が勢いよく開いた。

「静かにせんか! 靖夫!」

二階の物音を聞きつけて階下から上がって来たパジャマ姿の義父の道夫だった。一直線に暴れる靖夫に向かって行った。道夫は、殴られ蹴られながらも布団の上に靖夫をねじ伏せた。

手足をバタバタとして暴れる靖夫を押さえつけ続ける義父のこんなにも恐ろしく言いようの無い絶望に満ちた顔を職場でも嫁いで来てからも美紀は一度も見たことはなかった。暴れる靖夫を軽々とねじ伏せる腕力をどこに隠していたのだろうか。普段の道夫からは想像もできない光景だった。道夫に十分ほど抑えつけられた靖夫は徐々に動かなくなり寝ているように大人しくなった。

その間、押さえ続けていた道夫は何があったのか美紀に訊こうともしなかった。美紀は恐ろしさに体がガタガタと震えゼイゼイと肩で息をした。美紀の喉元にはクッキリと絞められた赤い手の跡が残った。

「ここしばらくは安定していると思っていたのに」

道夫は靖夫を布団に寝かしつけるとポツリとそう言った。