それでも10分くらいは待ったであろうか。山内総務課長兼参事はキョロキョロしながら見回し、A屋がいないことを察した。「何か用ですか」と、立ったまま言う。警戒心が強すぎる。これは普通ではない。

「これを見てもらえませんか」

嫌々ながらに座り、遠目でそれを黙って読んでいる。立ちあがりながら何か言った。聞きとれなかったが叫び声に聞こえた。そして自分の家から飛びだしていった。驚いたが、奥さんの方がそれを上回る。

「何があったのですか?」

オロオロする姿に、

「いや、山内さんのことではなく、村長のことで相談が……」

「主人を信じておりますので」

割と察しがよいのは、ある程度のことを知ってはいるのか。見せたもの、それは官製談合の相関図である。まあ、オカダ村長に渡す前の前哨戦としておこう。そうでなければ山内総務課長兼参事の立場がない。

役場で話す内容ではないし、会ってくれと言ってもオカダカツミは二度と私に会わないだろう。官製談合の詳細と相関図、名刺の裏に「村を守ってください」と記した。その名刺は、自首した際に会った三人の刑事のうちの一人のものだった。

たしか土曜日だった。車で木戸脇路地を飯田方面から向かえば、路地角の石積みに孫を抱いてオカダカツミが座っていた。近づいていくにつれ、運転が私だとわかってうつむき、そして横を向いた。車を目の前で停め、ゆっくり降り立った。オカダは孫の顔を見て視線を合わさない。真ん前に立つ。「ああ、どうも……」。おどおどしている。黙って封書を差しだした。

「なんですか! なんですか!?」

それから5日後、章設計にオカダ村長から電話が入った。社長が電話を取る。

「オカダだけど、熊谷章文さんはいるか?」

「おりますよ。代わりましょうか?」

「いや、いい。そうじゃない。あの、なんだ……仕事しているんだよな? 普通か?」

「はあ? 普通? 仕事していますが、それが何か?」

「いや、いいんだ。それじゃいいんだ」

私が記した文書を読んでも、やっていることが官製談合、それが犯罪だと理解できないのか。私がおかしいのではないか? 気がふれているのではないか? そこから始めたようである。