「しかし以前はよかったですよね。これだけの本院への移転も思い切って進められた。先生方や看護師さんたちにとっても働きやすく、患者さんが治療を受けられずに困るようなこともない、そんな病院づくりに関わることができたなんて、誇らしい思いで一杯でした」

「ええ、まったく。歴史がある病院ですが、だからこそ設備面には気を配らなければいけませんからね。滋賀で有数の病院誕生に立ち会えたのは本当に幸せだった。それもこれも、大谷先生の力があったからこそ、本当に感謝しなければ」

「大谷先生は医師としてはもちろん、経営者としてもすごい方でしたよね」

「病院の開設から精力的な拡大、十分な利益をキープしつつ拡大を繰り返して県で一番の私立病院をお作りになった。そのうえ、さらなる発展のために病院の不動産をほかに任せるという大英断……」

「そのお陰でいまがあるわけですからね。地方病院でこれだけの規模のところって少ないんじゃないですか?」

「そう思いますね」

「これだけの規模と設備で、改築のお陰で建物も綺麗、病床も多い。あとは自然に患者さんが増えて、経営が上向いていくのを待つだけ、というわけですね」

「そういうことです。ここまで考えてらしたのか……何手も先を読んでらっしゃる方だったということかな」

「カリスマでしたしね……だからこそ、先生の残してくださった病院は私たちが守らないと」

「その通り。いくら大学病院の院長先生から移ってこられたといっても、なんでもご自分の考えるようにできるわけじゃないですから」

途中まで真剣に反論を考えていた風二は馬鹿らしくなってきた。

「ここでこの人たちになにかいったところで、なんの意味もない。彼らにとっては大谷先生の経営はもちろん、そのあとの取り組みすら『素晴らしいもの』ということで凝り固まっているんじゃ……」

創業病院長の行動が、先を考えてのものだったとはとても思えなかった。上山総合病院を作り上げた医師大谷春樹。病院を拡大しようという意欲をたぎらせて猪突猛進し、駆け抜けた人だった。病院を育て上げたことは確かだし、間違いなくカリスマだった。

大谷が院長を務めていたころ、たしかに病院全体が活気で満ち勢いにあふれていた。それは誰の目にも明らかだ。風二も、そのころの病院が好きだった。

しかし、大谷に先見の明があったわけではないだろう。彼が亡くなる以前から病院経営は明らかに袋小路に陥っていたし、病院をファンドに売却したのも、いうならばそれを誤魔化すためだ。尊敬することと盲信することは違う。風二は目の前で嬉々として思い出話に花を咲かせているふたりを眺めながら考えていた。

「このふたりはこの前の3人よりなお悪い、大谷先生の亡霊にすがって、これからも大丈夫と盲信しているだけだ……きっとこの病院の上にはこういう人も少なからずいるんだろうな」

その後5分ほどで話は終わり、彼らはそれぞれの業務に戻っていく。山下と大村は安穏とした表情で、風二だけが暗く沈んだ顔のまま、その日1日を過ごすことになった。

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『赤字病院 V字回復の軌跡』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。