二人の関係は、社会的には非難されることだとわかっていた。知人に出会うことが怖かった。それでも逢わずにいられなかった若い思いがあった。五十年がたって今振り返ってみて、あれは若気の至りだったとだけは言わないでおこうと思う。なぜなら、あの出会いがあったからこそ、後に三人の子供やそれぞれの伴侶、九人の孫達へと繋がっていった今があるのだから。

昭和四十三年、紆余曲折を経て、迷い悩みながら、結婚の意思を固めた。父に気持ちを伝えたとき、父は淋しそうだった。二十歳になったばかりの娘の結婚など、まだまだ先の話と思っていたようだった。でも反対とも言わずに、私の意思を尊重して、受け入れてくれた。

相手が再婚だということも当時としては、心に引っかかっていたとは思うが、一言もそのことには触れなかった。我が家では、父の決断に母はいつも従っていたので、私の結婚はそれで決定だった。

父の号令で、両親と兄と弟と一緒に庭に出て写真を撮った。兄と弟は面倒くさそうに加わったが、これが父と母の作った五人家族の最後の集合写真になった。きっと父には感慨深いものがあったのだろう。

しばらくして、「ちょっと出かけてくる」と言って、ふらっと出て行った。だいぶ経ってから帰ってきた父は、腕に椿の苗木を一本抱えていた。そのまま黙って庭の隅に行き、スコップで土を起こして穴を掘り、その苗を植えた。

後から見に行ってみると、父が植えたその細い椿の木には、『乙女椿』と書かれた名札が付いていた。娘の門出の記念に、この苗木を植えた父の心を思い、胸がちくちくしたのを覚えている。その後、椿は大きく育ち、毎年三月になると可憐なピンクの花をたくさん咲かせている。

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『乙女椿の咲くころ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。