まえがき

研究を始めて20年近くになる。その間、調査でオーストラリアは何度も訪れた。中高生を引率して行く機会もたびたびあった。個人旅行もした。そして、多くの学校を訪れ、授業を参観し、先生たちと話をした。

そうした中で、私の手元にはオーストラリアに関する情報が蓄積されていった。書籍や報告書、論文、パンフレット、新聞記事など紙媒体のものは言うまでもなく、動画や写真、音声記録もあれば、教具や教材もある。その量は膨大になる。どれも自分で収集した貴重なものだ。論文執筆に使用したものもあるが、長い間眠っているものも少なくない。

中でも特に貴重なのが「記憶」という資料だ。私の中に蓄積された記憶には、一人の人間として感じたこと、考えたことが凝縮されている。アイデンティティの一部と言ってもよい。だが、記憶は時とともに不確かになる。何らかの形でまとめ、残したい。そして、社会に還元したい。そうした思いが私を執筆に向かわせた。

本連載は、私が体験したオーストラリアの教育を、一人の日本人教師の視点でまとめたものである。オーストラリアに関心のある人、海外の教育について知りたい人、学校や塾などで教育に携わっている人、海外留学を考えている若者や保護者などを対象としているが、教育問題に関心のある一般の人や子どもたちにもぜひ読んでもらいたい。

それゆえ、多くの人の興味関心に応えられるよう多岐にわたるテーマを設定した。研究で得た知見を踏まえているが、難解な表現は極力避け、わかりやすい記述を心がけた。興味のあるテーマを拾い読みしていただいてもよいと思う。

研究書ではないので体験を通して私が感じたこと、考えたことをありのままに記した部分が多い。個人の体験記として読んでいただけたら有難い。