永吉は蓮の涙にもらい泣きした。永吉もまた、蓮の事を今まで忘れた事がなかった。そしてまた会える日をずっと願っていたのだ。湯呑からは、注いだばかりの緑茶の湯気が立ち込めている。祖母はお茶を啜りながら、自分が作った煮物に箸を付けていた。

「あら、ちょっと薄かったかねえ」

蓮も箸をとり、煮物を口に運んだ。蓮には丁度良い味付けだった。永吉は麦酒を一口、喉に音を立てて飲んだ。

「親父、本当に会えてよかった」

蓮は、震えながら答えた。永吉は、首を深く頷かせた。

「そういえば、お母さんはこの事は知っているのか?」

永吉もまた、声が震えていた。

「いや、何も言ってないよ」

「そうか」

永吉は、有花の事をやけに気にしている様子だ。永吉に会いに行くとは、流石に有花には言えなかった。

蓮も、あの時の別れから、これまでの想いを話した。永吉を忘れられなかった事。ずっと想っていた事。高校の時に祖父が亡くなり、家の前で立ち尽くして永吉を想った事も。涙は溢れ続けた。何度も顔を拭いた。

「蓮、会いに来てくれて、本当にありがとう」

永吉は、そこで初めて白い歯を見せた。

「うん」

蓮も、一緒に微笑んだ。

三人は、これまでの暮らしを話しながら、十年という長い空白の時間を、ゆっくりと、埋め合わせてゆくのだった。

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『愛は楔に打たれ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。