三か月前

過酷な野球生活は、高校三年の夏まで続く。

時には部員全員に、毎日素振り一千本のノルマが課せられた。レギュラーでなかった蓮は、一日素振り二千本というノルマを自分に課した。

朝は五時に起き、夜は帰宅した後、更に素振りをして夜の二十四時に就寝した。手は素振りのやり過ぎで施しようが無い程に皮がむけ、血豆ができた。

肘の痛み、足の筋肉の腫れを庇いながら、それでも歯を食いしばり日々の練習に耐えていた蓮の肉体と精神は、既に限界を超えていた。蓮が野球を辞めたいと考えた事は、数えきれなかった。

それでも最後まで野球を続けられたのは、永吉がどこかで自分を応援してくれていると、信じ続けていたからだ。蓮は高校三年、最後の甲子園出場を掛けた夏の大会で、遂にレギュラーを奪い取った。

大会では、地区予選ベスト8で惜しくも大敗を屈したが、公立の無名校にとっては悪くない成績だった。正直に言って、部員の皆と共に野球をやり遂げた達成感よりも、ようやくこの重圧と地獄の練習、そして体の痛みから解放される安堵感の方が連の心を満たしていた。

蓮の学生時代は、永吉から教わった野球のお陰で沢山の人と巡り会えた。自分に野球がなければ、今頃どうしていただろうか。それにおふくろは、墨のように汚れた練習着を毎日洗濯してくれた。両親に感謝しかない。当時を振り返り、蓮はそう思った。

今、蓮が手に持っているものは、中学の時に優勝・準優勝したチームの主将の記事と写真が、地域限定のスポーツ新聞に掲載された時のものだった。

蓮は、野球を続けてきて本当に良かったと、初めて心から思えた。地獄の野球生活は、永吉の一言で全て救われた気がした。蓮は、永吉が今、自分の目の前に座っているこの現実を夢のように感じていた。

動揺して、真っすぐに永吉の顔を見る事ができなくなった。蓮の視界はぼやけた。それまで耐えていたものが一気に溢れ出し、雫が頬を伝って床に落ちた。涙腺は崩壊した。

蓮は、一時的な味覚障害になってしまっていたものだから、食するのを少し休む事にした。

「おい、ばあさんティッシュを持ってきてくれ」

気を遣ったのか、まだ調理場に突っ立って、黙って話を聞いていた祖母に向かって永吉が叫んだ。

「はいはい」

祖母は、傍にあったティッシュを持ってきた。蓮は流れ出る涙をそれで拭いた。その時蓮には、微かに永吉の目が潤んでいるように見えた。

「ああ」