一九七〇年 夏~秋

1 通信簿と子猫の死

何かが砕ける音に顔を上げると、屋根の傾いたボロ屋の下に来ていました。アスファルトの上で鬼瓦が粉々になっています。危ないから道の端を通れと言われていました。大空で輪を描く鳶(とんび)の声が、時折警笛を吹くように落ちてきます。

「すまんのう。見えなんだわ」

フジワラが雑草の生い茂る庭に立っていました。髭(ひげ)を蓄えた浅黒い顔に、茄子(なす)型のミラーサングラスをかけています。あばらの浮いた上半身は裸で、緑色のジャージズボンを穿いていました。

「当たれへなんだで」

歯の抜けた口で笑いかけてきます。村人からは知能が遅れていると思われていました。ずっと一緒に暮らしていた母親が、三年前に脳卒中で急死してからは、よその畑を手伝ったり空き缶拾いをして糊口(ここう)を凌(しの)いでいるのでした。

「いけるけん」
私は引き攣(つ) った顔で片手を上げました。
「落ちかけとんのを落としとこうと思うてな」
手には突きん棒を持っています。
「ほうしとかなんだら危ないでえな」

屋根からはみ出した瓦をつついて落としているのでした。悪気はないようですが、頭の天辺(てっぺん)がすうっとしました。
「よう見てやらんと、また怒らいるでよ」
ちょっと前にも塵(ごみ)の不始末を咎(とが)められて、松田家の爺さんに怒鳴り込まれたばかりのはずです。

「うちい来て瓜の手伝いせんのんか」
この時期は、どこの農家も白瓜(しろうり)の収穫に追われていました。
「一輪車だけでええ言われとんよ。おまいんくの畑いは朝早うから積み出しに行とって、さっきもんてきたとこじゃ」
毛羽立(けばだ)った日輪(にちりん)がフジワラのサングラスに映り込んでいます。

「なんべんおっしぇてもフジワラのさね抜きはとろこい」
そう父の政夫がぼやいていたのを思い出しました。それでも夜明けと同時に始まる摘果と搬送の重労働を、ハイライト二箱と握り飯だけで機嫌良く手伝ってくれるフジワラは貴重でした。それで父は何かとフジワラに目をかけてやっていました。

「あとで堰(せき)いは行くんか」
私はフジワラに聞きました。
「行かん。まだ水が引いとらんけんな」

数日前に降った雨のせいで増水していると言います。
「こないだのおっきょい鯰(なまず)どなんしたん」
ちょっと前にフジワラが突いていた鯰には驚かされました。あんなのにお目にかかったのは初めてでした。

「ほったわ」
「味噌汁にするっちょうったでえか」
私は鯰の味噌汁を食べたことがありませんでした。フジワラの言によると、「舌がおぶけるびゃあうまい」のだそうです。
「捌(さば)いてみたらえらいもん吞んどってな。気色が悪うなってほってもうたわ」
フジワラがヤニ臭そうな唾(つば)を吐きました。

「なん呑んどったん」
「ようわからんけんど骨じゃな」
「犬か猫でも吞みそうな奴じゃったもんな」
「人間かもしれん」
「ほんなアホな」
「こないだの台風んときに子供が一人流されとるじゃろ」

小学校二年生の女の子が、溢(あふ)れる水に足を掬(すく)われて、用水路の暗渠(あんきょ)へ吸い込まれていました。あっという間に土管を通過して、川へ流されたのを目撃されていましたが、警察消防あげての捜索にもかかわらず、まだ見つかっていませんでした。

「どんな骨な」
「指の形しとった」
「警察にはゆうたんか」
「言わん。ポリは好かんけん」
フジワラは幼児への淫行(いんこう)の疑いで、駐在に引っ張られたことがあり、それ以来警察を毛嫌いしていました。

「で、どなんしたんな」
「やけん、ほったって言よるじゃろ」
「どこいな」
「家の裏いほっといたら知らんまにのうなっとった。猫か鴉(からす)がもて行たんじゃろ」
「あかんでえか。みな必死に探っしょるのに」

毎日土手の上に立って川面を見つめる、母親の悲愴(ひそう)な後ろ姿が目にされていました。

「どうせもう腐っとるわだ。出てくるかいや」
「ほれを鯰が食うたんかな」
「かもしれんな」

フジワラは次の瓦を落としました。瓦の砕け散る不穏な音が、私の耳を脅(おびや)かしました。
 

※本記事は、2020年4月刊行の書籍『金の顔』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。