旧商店街をそんな感慨とともに通り抜けると、塩田王、野㟢武左衛門を顕彰する記念碑があります。広い敷地に庭園があり、その中に石造りの立派な尖塔のオベリスク風の記念碑があり、その尖塔部分が破損した時に備えてスペアを最初からその脇に横倒しで確保してあるのには驚かされます。高さ12m、児島の瀬戸内海に浮かぶ六口島産の花崗岩で出来ているそうです。

さらに行くと、徐々に商店街から住宅へと建物は変わり、そんな中に、はっきりと線路の幅だけ未舗装の土の道があり、枕木を使ったフェンスがまだありました。土の感触は足に優しいな、と感じて喜んでその狭い道幅の往路を楽しみました。そのころ、たまたまトイレに行きたくなり、ちょっとコースを外れるものの、スーパーマルナカの看板を見つけてトイレを借りに行きました。

さらに歩くと、「扇の(たわ)口」交差点に差し掛かりました。横断歩道を渡るとローソンがあり、水分補給がてら道をたずねると、一度途切れていた線路の跡地を見つけることが出来ました。

阿津駅の跡周辺では、地域住民によりパンジーの可愛いお花が道沿いにずっと植えられていて心が和みました。そのそばの呉服屋さんは私の友人宅で、かつては阿津駅から吐き出されるお客が吸い寄せられるように来店していたそうでした。

そこからは、少しずつ山に向かって緩やかに上り坂です。JR瀬戸大橋線の高架を再びくぐりぬけると、競艇場のそばを通ります。見下ろす児島競艇(現・ボートレース児島)は、お正月のレースが行われており、エンジン音がとどろいていました。そのそばには琴海(きんかい)駅の跡。観光地図の看板もあり、めざす鷲羽山駅はその次でした。

鷲羽山駅のトイレは建設中。そのうちに出来ると期待は出来るものの、使用不可。がっくりでした。

そこからは瀬戸大橋が眺められ、景色を写していると、小学生くらいの男の子2人が自転車でやってきました。「どこから?」と聞いていると、父親がやってきて、水島に住んでいて、風の道の起点である茶屋町からずっとたどってきたとのこと。下津井まで行ってから自宅へ帰るのでしょう。何人かの歩く人や走る人と出会いましたが、この親子が話をしたただ一組の人でした。

帰りは、緩やかな下りなので楽でした。行きには背後なので見えなかった児島の町がはるかに見えました。JRの高架の脇を競艇場の横手へ下り、競艇の送迎バスセンターでトイレを借り、広い自動車道の歩道を海沿いにずっと歩いて起点のJR児島駅近くまでたどり着きました。午後3時40分くらいでしたので、約2時間半くらいのコースということになります。結構しんどかったけれど景色が楽しいコースでした。

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『夫と歩いた日本すみずみ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。