現実は強し

その日、出勤した風二はすぐに大村に呼ばれた。数日前とまるで同じだった。

「今度は山下次郎副院長がお呼びだよ」

明らかに面倒そうな表情の大村のあとに続いて、風二は山下のいる整形外科の部長室へと向かった。彼らが到着すると、山下は待ち構えていたように椅子をすすめ、すぐに話し始める。

「要件は分かっていますよね? 先日柏原理事長からお話のあった、新しい病院経営の改革案についてです。今回の件は私が現場の責任者として担当することになりました、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

大村と風二は山下に合わせて頭を下げる。

「一応打ち合わせをしようということで、わざわざ来てもらったわけですが、まあ今日のところは顔合わせだと思ってください……新理事長がなにを張り切っているのか急にいい出したことで、私も困っているんですよ」

山下は笑いながら話し、大村も安心したように応じる。

「ああ、そうだったんですか。副院長も大変ですね、いきなり振り回されてしまって」

「ええ、まったく……外から来るなり全部ひっくり返そうなんて、乱暴なもんですよ」

風二はそんなやりとりを聞きながら、どんどん気持ちが冷めていくのを感じていた。大村は続けて話している。

「きっと、理事長になったからにはなにかでかいことをしないと、なんて考えるんでしょうね」

「大方そんなところでしょうか。大学病院の院長だった人ですから、なんでも自分主導で、思い通りにならないと気が済まないってことかもしれません。まあ、同窓の先輩ですから気安くそんなことをいってしまいますが。ただ、ハッパをかける方はいいとして、実際、動く現場の都合も考えて欲しいもんです……いや、それだけとも限らないかな」

「というと?」

「そもそもあの柏原先生は大学病院の院長先生だったわけですから、次は病院経営でも実績を挙げたいと考えるのは不思議じゃありません。そのためにはうちは格好ですよ。ずっと赤字が続いてる病院ですから、また赤字になってもしょうがない。でも、もし黒字転換に持っていけたら大手柄になる。そうなれば柏原先生の株は急騰しますよね。そんなことも考えているんじゃないかな」

「なるほど、そんなウラが。しかしそれで巻き込まれるのは堪りませんね……」

「まったくその通りです。赤字がどうのといっているようですが、そもそもお国の方針が変わったんで、多少は諦めないと」

そんな風のふたりのやりとりを聞きながら、風二の頭のなかでは先日の晩と同じような思いがぐるぐると回り始めていた。

「分かっていないのはどっちだか……けっきょくのところこのふたりも同じことだ、この病院の人間はみんな分かっていない。ゆでガエルと同じ、大丈夫、大丈夫と思っている間に気づけば周りのお湯はどんどん熱くなっている。そうしてじっとしている間に、絶えきれず死んでしまうんだ。昔を懐かしんでいる間に病院自体が潰れたんじゃ仕方ないのに……」

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『赤字病院 V字回復の軌跡』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。