夏休みが終わって、二学期が始まると、部活は放課後の時間帯に変わった。

夜の八時九時まで残って作業をすることもあった。活動を終えて帰宅する際、大勢いた電車通学の部員達は、最寄りの駅まで全員一緒に帰って行った。

徒歩通学の学生は少なく、私は一人で、二十分の距離を歩いて通っていた。街灯も少ない時代のことだったが、怖さを感じてはいなかった。

部活が遅くまでかかった最初の夜、帰ろうとしていたら例の先輩が近づいてきて、「夜道が危ないから家まで送る」とぶっきらぼうに言った。思いもかけないこの申し出には心底驚いた。

下級生の女子学生が、ひとりで夜道を帰ることを知っていながら、放っておくことができなくて、親切で言ってくれたのだと思うが、彼の家は高校のすぐそばなので、送ってもらうと四十分くらいの往復の時間を歩かせてしまうことになる。

それにもかかわらず、その日からは、毎晩家まで送ってくれた。歩きながら何を話したのか、今では全く思い出すことができないが、毎日心躍らせていたことは確かだった。

九月三十日、文化祭の当日、成功か否かはわからないが、とにかく何とか英語劇は終了した。

後かたづけをし、打ち上げを終えたら、すでに日が暮れていた。明日から十月という、秋めいた涼しい夜だった。

送ってもらうのも今日が最後と思いながら、その日も並んで夜道を歩いていた。その地域は大きな庭のある住宅が続いていて、道の両側にはたくさんの樹木が生い茂っていた。その中を進みながら、二人は前夜までにはなかった花の香りに気がついた。

それは金木犀の花の匂いで、秋の訪れを告げるべく、いっせいに開花したようだった。

暗闇に花の香りが続いていて、私たちは魔法にかけられたのかも知れない。

自宅が見えてきた頃には、互いに気持ちを告げあって、交際を約束してしまっていたのだ。

十六歳。高校一年生の初恋だった。

長くは続かない付き合いだったが、年月が経つと、事を美化して胸に残しているようだ。五十年以上たった今でも、金木犀の香りに接すると、年甲斐もなく、この日のことを思い出すのだ。

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『乙女椿の咲くころ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。