第一章 新しい家族

郭親子は、今日も山へ出掛けた。

「父さん、椎茸を作るにはクヌギか栗の木でしたか?」

「ああ、それで良い。薪にもなるから、沢山切り出そう。柴も用意するぞ」

などと、真の親子のようだった。二人は茸採りに没頭した。

「まぁまぁ、お疲れ様でした。沢山採りましたなぁ」

と、キクは上機嫌で迎えてくれた。風呂も沸かしてある。

「あれですか、キクさん。少しは見える様になりましたか?」

「そうなんじゃ、郭さん。ちぃとじゃが分かるんじゃ。ほんで、風呂も出来た。ほんに、なんちゅうてお礼を言うたらええか。ありがとうねぇ」

これで郭は、安心して帰国出来る。半島の情勢が急き立てている。

「婆ちゃん、父さんが帰国したら、学校へ行く。何年生でも良いから行かせて下さい」

キクは手拭で口を覆った。毎日毎日年越しの準備に明け暮れ、郭の教えを十分に受け、武は充実した日々を過ごした。やがて別れの日は来る。郭の思いは三ヶ月後の出発の準備に逸った。

釜山まで三〇〇キロ。十ノット。多少の波風はあるとして、二十五時間掛かる。燃料は持たないだろう。山口の長門辺りで補給出来れば良いのだけれど……。一番良いのは対馬だが、アテはないし。一か八かやってみよう。

三人でゆっくりと年を越した。珍しく正月は雪になったので、夕方にかまくらを作った。久し振りだった。いよいよ三月。郭昌宇が益田を後にする日が来た。

「武! 強く生きなさい。キクさんは、あまり無理をせずに。言葉は尽きませんが、私は母国へ帰ります。世の中が平和になったら、必ずまた会いましょう」

「父さん。半島では戦争が起きるのでしょうか?」

「まず間違いない。そして、私も戦う」

「ご武運を祈ります」

「気を付けてなぁ」

「では、さようなら」

春の優しい青空は、海の彼方に降りて霞んで見えた。見送りに出た武やキク、安治、村の人々を優しく包んでいる。やがて郭の小舟は頼りないエンジン音を吐いて、益田の漁港から、ゆっくり滑り出した。