第一章

「多希ちゃん、起きてる? 朝だよ」

佳代子の声がする。重いまぶたを持ち上げ、もそもそと片手を動かして枕元の時計を探す。八時。目覚ましは止まっているが、もちろん止めた覚えはない。

「多希ちゃーん?」「あー、起きた。ありがと」

カーテン越しに身支度をする音が聞こえる。同室の佳代子はしっかり者で面倒見がいい。同じ十八歳でここまで違うんだ、と他人事のように感心してしまう。

そばかすの浮いた丸顔に弁当屋の娘という肩書き。なんとも愛嬌のあるかわいい女の子だ。和歌山の出身で、少し緩めの関西弁がまたかわいらしい。入寮してひと月になるが、佳代子のおかげで遅刻を免れた朝は多い。

八時なら――今いるベッドから教室の椅子に座るまでを脳内でシミュレートする。急いで支度すれば一限に間に合う。でも――。なんとなく急ぐ気になれなくて、今日の一限は諦めようと心に決める。

だいたい、一般教養課程の選択授業なんて半分以上は興味のない講義なのだ。適当にサボったって、そこそこの成績で単位が取れればいい。私はベッドに横になったままで佳代子に声をかけた。

「ごめん、先に行って」「いいの?」「うん。ごめんね」「そしたら行くね?」

食堂に向かう佳代子の足音を見送ってからやっと体を起こし、ベッドの周りにかけたカーテンを開けてスリッパを履く。共用の水道場では、数名の寮友が時間と戦っている。鏡に映る一重まぶたが腫はれぼったい。まあ、いつものことだけれど。

でも、幸いなことに今朝は髪に寝癖がついていない。これなら軽く整える程度で外出できそうだ。高校時代は中森明菜を真似てロングヘアにしていたので、毎晩三十分くらいかけてブローして、朝もたっぷり時間をかけて整えていた。

寮生活になった今は、あまり手間がかからないように肩より少し長めのところで切りそろえている。のんびり顔を洗って部屋に戻る。二限に間に合うためにはまだ時間に余裕があるけれど、着替えておかないとまた寝てしまいそうだ。

ベッドの下の引き出しを開けて今日の服装を考える。世間はダイアナ妃の来日に湧いていてお嬢様風ファッションが流行らしいが、あんな美人と同じ服を着たいなんてぜんぜん思わない。

私はべつに太っているという訳ではないけれど、特にスタイルがいいともいえない。流行のDCブランドも、この童顔と一五四センチメートルの身長では似合わないだろうし、そもそも買うお金がない。引き出しの中には安物のTシャツやブラウスが並んでいる。悩むほどたくさん洋服を持っている訳でもなく、結局いつものブラウスとスカートに着替える。

ベッドに座ってぼんやりしていると、佳代子が戻ってきた。

「おかえり」「多希ちゃん、朝ごはんは?」「食べるよ」

のんきに言う私に、佳代子はため息まじりに訊いた。

「一限サボるん?」「うん」「急げばまだ間に合うで?」

分かっているけれど、急ごうという気持ちは湧いてこない。

「なんか急ぐ気がしなくて」「まあ、たまにはいいけどね。クセにならないようにしなよ」

私のめちゃくちゃな言い分に、佳代子は寛容な答えを返してくれる。押しつけがましくもなく、かといって無関心でもない。

「気をつける」

少し自分が恥ずかしくなった。