()朝の露

光源氏が夕顔の宿に泊った。明け方近く、隣家から、仏様に額づく年寄りじみた声が聞こえてくる。

これを聞いた光源氏の感想。この世は、朝の露に異ならない、はかないものであるのに、何を欲張って、どんなご利益を仏様にお願いしているのか。

ところが、これに続けて、光源氏は、夕顔に、弥勒菩薩(みろくぼさつ)が姿を見せられる遠い将来のことまで約束する。

紫式部は、これを、そんな遠い未来のことまで約束するとは、大げさなことだと冷やかす。これに続けて、夕顔が歌を詠んだ。

夕顔「(さき)()の契り知らるる身のうさに()(すゑ)かねて頼みがたさよ」(前世の因縁でこの身につらいことの多い私ですから、来世のことなど、とても頼りにすることができそうにありません)

これについて、紫式部は、前世だの来世だのという筋のことも、実際のところ、頼りにすることができそうにないとの感想を書き添えた。

紫式部は、前世や来世のことなど、信じていないのだろう。それと同時に、光源氏のする約束は信用ならないですよと、読者に注意するように呼び掛けたのだろう。

(1) (あした)の露にことならぬ世を、何をむさぼる身の祈りにかと

(2) ()く先の御頼めいとこちたし

(3) かやうの筋なども、さるは、心もとなかめり

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『源氏物語 人間観察読本』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。