穂波は、六花の他人(ひと)をさげすむような目が、常にうしろの席から自分をとらえているようで、それがたまらなかった。いったんそのことを気にしだしてしまうと、授業中も、まるで集中できなくなる。それこそが、今の席を替えたい最大の理由だった。

ゆっくりと、目の前を眺めわたしていた六花の目が、人垣に守られるようにその中心で立ちつくしている穂波をとらえ、とまった。とたんに穂波は、射すくめられたようにびくりとし、顔をそむけてしまう。

「ふうん……」肩のバッグをおろし机の脇フックにかけてから、六花が歩みだすと、自然に生徒たちが左右に割れた―まるで、女王さまの入場を迎え入れる家臣のように。

その場を動かず「日奈邑さん」と声をかけた桂衣子の前をすっと通り抜けた刹那(せつな)、六花の唇が「まかせて」と動いたのが穂波にはわかった。

「なるほど。これが、騒ぎの元凶(げんきょう)ってわけね」

机を見おろし、なにかを侮蔑するような声で六花がつぶやく。彼女が、このおぞましい騒動そのものを嫌悪しているのか、あるいは、その場でかたまっている無能な級友たちにあきれかえっているのか、穂波には、にわかに判断がつかなかった。

次の瞬間、一片の迷いもなく、六花の手が穂波の机の中に差しこまれた。

「お、おい! 待てよ!」「ちょ……ちょっと、ヒナ!」

周囲の驚きを意に介することなく、六花は、机の中をまさぐるように手を動かす。しばらくして、おもむろに六花が引き出した手には、板状のなにかが握られていた。

穂波は、恐るおそる、六花が手にするそのなにかを見た。それは、手のひらよりやや大きい縦長のカードだった。一面に絵が描かれている。

「なんだ? ゲームのカードかなにかか?」

六花の手もとを、ひょいとのぞきこんだ男子―お調子者の成田宏一(たりたこういち)が、そのとたん「わあ!」と叫んでうしろに飛びのいた。赤黒く染まり、どろりとしたしずくを滴らせるカードに描かれていたのは、巨大な鎌を振るい、人間の首を刈る骸骨だった。

「なんなのよ……それって」たずねたのは、ずっと六花のそばに立っていた桂衣子だ。

「ああ、これ?」六花は、持っていたカードを、無造作な手つきで床の上に放った。いくつもの女子の悲鳴が周囲からあがる。汚れた手のひらを見つめながら、六花は、吐き捨てるように言った。

「これはね、“死神”よ」その声は、決定的な通告となって、教室に響きわたった。穂波は、その場にへたへたと尻から座りこんだ。手足が、がくがくと震えだす。抑えようとすればするほど、震えはとまらなくなった。怖気(おぞけ)が、無数の虫のように、足もとから全身へと這いあがっていく。

なんなの? なんで? なんでわたしなの? 混乱した穂波の頭の中では、その問いだけが、ぐるぐる回転し続けていた。まるで、とまることを忘れてしまった回し車のように。

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『六月のイカロス』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。