『猫が捕まえたネズミを見せに、持ってきたのだろうか?』

『足に触っているのは牙をむいた、濡れたネズミか?』 

そんなことが頭に浮かび、背筋が寒くなって、胸がドキドキしてきた。

その時、その濡れたものが足の指先でわずかに動いた。

「キャー!」

ネズミが生きているのを確認したような気になって、思わず掛け布団を跳ね除けて大きな声を上げてしまった。早朝から悲鳴を上げる娘に驚いて、何事かと、両親がやってきた。私は、彼らと一緒に、敷き布団の裾のものを怖々覗き込んだ。

私達がそこに見たものは、想像もしない光景だった。

我が家の三毛猫が、生まれたばかりの小さな子猫三匹を胸に抱えて、母親になったばかりの安らいだ様子を見せていたのだ。子供の頃の懐かしい思い出である。

神戸の小学校に上がって間もなく、父が突然、単身東京へ行ってしまった。

理由は知らなかったが、それからしばらくして帰ってきて、家族全員で東京へ引越しをすると言い渡した。

昭和三十年八月、自分が小学二年の夏休みだった。

それまで同居していた曾祖母や母の弟、妹とは別れて家族五人で神戸の家を出ることになった。

母の弟はぷいと家を出たまま帰ってこなかった。曾祖母と母の妹は尼崎の母の伯母の家に身を寄せることとなった。その二年後に曾祖母はその家で亡くなった。

一方、母の妹は、高校に在学中は、その家で世話になったが、卒業とともに、又、東京の我が家に戻ってきて、お嫁に行くまで一緒に暮らした。

引越の準備が始まり、母と一緒に、納屋の中の荷物を片付け始めた。母の大きな雛人形や雛飾りなど、初めて見る豪華な品物がいっぱいあって驚いた。おそらく、母の花嫁道具の一部だったのだろう。戦時中の結婚でも、立派な道具を持参したようだ。

そんな荷物の中に、きれいな藍の大鉢を見た。なぜ納屋に置いておくのだろうと思った。

「この青い鉢は、なんで使わないの?」

問いかけたが、母は、私の問いには答えず、

「東京に持っていくから、箱に収めて置いてね」

と言って、納屋を出て行ってしまった。

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『乙女椿の咲くころ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。