「大谷先生が院長先生だったときのことみんないいますよね。もっとイキイキ働けていた気がするって」

彼女がつぶやくと、渡辺もそれに同調した。

「時代が違うっていうのもあったかもしれないけど、やっぱり病院として大きくなっていたのはあのころだったし、勢いがあったからね」

「ちゃんと現場もみてくれていたし、みんながあの人についていこうって思えていたもの。ただその分、先生方には厳しい顔をみせていたかもしれないね」

風二はわずかにいいよどみながら「人を惹きつける魅力がありましたね。カリスマでしたから」といった。

「それから来た森先生や鈴平先生は、そうね、なんというか逃げ腰だったわね。改革みたいな話も出ていたけど、ちょっと反対の声が出たらすぐ引っ込んで、事なかれ主義というか……」

「あの時期はうちの病院も停滞してるって感じだったな」

奥山と渡辺はここ数年の病院経営者について思うところが多かったのか、ふたりで話を続け、明美はそれを聞いて盛んにうなずいている。

風二も相づちは打っていたのだが、その頭には、大谷院長時代から始まっていた赤字のことや、その後の病院長たちが行おうとしていた病院の経営改革のことなどがよぎっていた。

「どちらにしろ、大谷先生が亡くなったのが一番のきっかけ。それからあとはやっぱり病院の活気はなくなったわよね。医師や看護師みたいに現場に出ていると、そこで必死になって働いているのは変わらなくても、一旦、裏に入ると前より暗い感じ。それに、高井君はずっと頑張っているけど、事務職員の人たちも昔の方が元気があった気がする」

「昔みたいに頑張ってるのをちゃんとみてもらってる、っていうだけでも違う。いまは成果が出ているという実感が薄いんだろうね。仕事に熱意を注ぐだけのやりがいがないというか……だからどこかでどうでもいいって思いながら仕事をしている人もいるような気がする。なかにはそっちの方が楽ができるなんて喜んでいる若手もいるくらいだから、頭が痛いよ」

「それで待遇には満足できないって話まで出てるって……このままじゃこの病院、危ないんじゃないかって考えちゃうわ」

ふたりはそれぞれに思い思いのことをしゃべっている。それを横で聞きながら、明美は相変わらずうなずいてその言葉を肯定するばかりだ。

しかしそんな3人とは対照的に、風二は次第にボンヤリと感情のない表情になり、話に相づちすら打たなくなっていた。そして、ひとり覚めた頭で次第に熱気が入り話を続ける3人を眺めては考える。

設備の無駄が多い、人が足りない、若手の頑張りが評価されていない……問題があるのは分かっているが、その解決法についてはなにも意見がないんだな。

「昔はよかった」「変わってしまった」と嘆くのもいいけれど、それでなにか生産的なことができるんだろうか?

同じ病院に勤めているはずなのに、「事務職員」とか「若手」とか「上」とか、全部他人が抱えている問題で、自分のことじゃないみたいだ。

自分にも関わる、自分が解決するべきことだとはかけらも思っていないじゃないか。

理事長からの依頼を考えるのに奥山さんにいろいろ教えてもらおうと思ったけど、これじゃ……。

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『赤字病院 V字回復の軌跡』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。