一長一短 不器用は強み

何事にも一長一短がある。それが人の性格となると長所と短所。

優柔不断は思慮深い。臆病は慎重。根暗は物静か。騒々しいのは陽気。適当なのは機転が利く。落ち着きがないのはフットワークが軽い。頑固は一本気。お節介は面倒見が良い。冷たいのはクール。飽きっぽいのはチャレンジ精神がある。

物は言いよう考えよう。「連想ゲーム」の要領だ。

この年になってよくわかったことがある。人は変わらないし変えられない。老いていくだけで成長なんて、たいしてしない。私と夫も結婚したころから何も進歩していない。良いところも悪いところもそのまんま。子ども達を見ていても、本質的なところは小さい頃から変わっていない。

だから話は簡単だ。良いところはそのまま伸ばし、悪いところは反対から見て良いところにしてしまう。なんだか「ペテン師」のようだが、それしか手立てはない。だって変わらないんだから仕方ない。見方を変えていくしかない。

長女は学生時代までは自他ともに認める「不器用」な子供であった。本人が中学生の時に言っていた。

「小学校の時から今まで、担任の先生全員に“君は不器用だね”って言われたことがあるよ」

皆さん面と向かって随分はっきりと言ってくださるものだ。それも示し合わせたように全員だ。

「まったく失礼よね、そういうタイプなんだから、仕方ないじゃないね~」

私と娘は思っていた。「わざわざ言われなくたって知ってるわ」。

そんな彼女も今は器用に社会人をしている。独り暮らしも車の運転も上手なものだ。不器用は裏を返せば慎重で几帳面。娘は私にはない美点をたくさん持っている。不器用を無理に変えさせようとしなくてよかった。

人は経験を積むうちに、自分なりに生きやすく変わっていくものだ。短所を長所に変えていけるのは本人だけだ。「そういうタイプなんだから仕方ないじゃないね~」。結局親なんてそう思って見ているしかない。

次女は社交的だから楽しそうだけど疲れそう。一日にブランチとハイティーと飲み会の3つの約束を入れてしまう。そして3連休が取れようものなら、パスポート片手にどっかに行ってしまう。落ち着きがなくて騒々しいのが短所だろうが、あの行動力には舌を巻く。それはもはや立派な長所。

最近では、もうどこに行くか聞かないことにした。どうせすぐ忘れてしまうし、私が行くわけじゃないから興味ない。夜中、LINEに写真が5連発送りつけられたりすると目覚めてしまい眠れなくなって困ることもあるが、嬉しそうにローカルフードを食べ、鮮やかな「アオザイ」を着て小舟に乗る姿、「人魚姫の銅像」と一緒に写っている娘を見るのは、やっぱり嬉しい。

「世界遺産検定」も受けたし、勉強して覚えたところを回る楽しみは格別なのだろう。まさか遺産を制覇する気でもなかろうが旅行記でも書けそうな勢いで飛び回っている。

長男は短所だらけだから、それを全部長所に出来たら最強だ。

三女は私と同じで適当さが半端ない。大家族にもまれて育った宿命か、耳年増で世の中舐めている節がある。高校の先生を友達か「弟」くらいに思っている。8歳上の姉を顎で使ってきたから、もうその癖が抜けないようだ。こうなったら下の二人が社会に適応できるよう、自分で変わっていくことを祈るしかない。

「どうやって育てたらこんな子育つの?」「この親にしてこの子あり」。両方とももう言われたくないから「黒子」に徹して面白がって見ていよう。短所は長所、強みにしよう。

一長一短(いっちょういったん 人も物事もそれぞれに長所も短所も持ち合わせているということ

※本記事は、2020年6月刊行の書籍『ママ、遺書かきました』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。