歌劇 『雪女の恋』

❖登場人物

雪女 こゆき

姉 ふぶき

里人 弥助

山の神

第三場

こゆき 姉さん わたしも 行ってみたい 人里へ

ふぶき お上に お願いしてみよう 次の冬には こゆきを つれて

奥山降りて 里山過ぎて 人里着いたら

びゅうびゅう 吹雪いて おどろく里人を 見物させよう

こゆき 次の冬ね……(物思いにふける)

ふぶき でも、急に 人里へ行ってみたいなんて

こゆき 弥助……

ふぶき やすけ? やすけって だれ?

こゆき え…… だれって?

ふぶき こゆき なにか かくしごと しているね

こゆき なんのこと?

ふぶき やすけって だれのこと?

こゆき (傍白)姉さんは知らない 小さなヒミツ

ふぶき (傍白)私には分かる そのかくしごと

こゆき なんでもない ひとりごと!

ふぶき あの日よ 三日前 里人が逃げ帰った 渦巻く吹雪に 転がるように

人里へ戻った そう 言った

わたしが ついたとき こゆきは そう 言ったわ

こゆき 言ったわ だって そうだったんだもの

ふぶき うそよ そうじゃなかった

逃げ帰ったのではない おまえが 逃がしたんだ

こゆき ちがうわ ちがうわ 逃げ帰ったのよ 逃がしたんじゃないわ 

ふぶき こゆき わたしを見て 姉さんの目を 見て

おまえは わたしの宝物 ふぶきとこゆきの 心は一つ

うそは いけない ね

こゆき きれいだったの

雪が 顔にかかってた 触ったら 温かかった

目が 澄んでいた わたしが その目に 映ったの

ヒトの言葉を 初めて聞いた 『助けてくれて ありがとう』

ふぶき こゆきは 女 雪女 ヒトは凍らせ 命を奪う

こゆきは 女 雪女 一息吹けば 

こゆき できなかった その一吹きが

でも 追い払ったわ お山から お上の言いつけは 守ったわ

弥助は どんと押されて 転がった

笹野原 ころころ 転がった 雪まみれになって

ふぶき それだけ?

こゆき え? それだけって?

ふぶき おまえの 心に 弥助が いる わたしには わかる

こゆきの 胸に その 里人が 棲(す) みついた

こゆき 棲みついたなんて 思い出しただけよ

ふぶき いけない! ヒトに 恋したら 命は奪えない 

雪女ではなくなるわ!

こゆき 姉さんは 自分のことを 言ってるんだわ!

ふぶき え? 自分のことだって?

こゆき わたしは まだ 小さかった でも おぼえているの

姉さんが ヒトに 恋していたのを

話しかけても うわの空 ひとりで あの歌 歌っていた

お山の下には 何がある ヒトが住んでる 里がある

ふぶき (さえぎるように)わたしが 恋だなんて

お前の 思い違いだよ 見当違いさ

こゆき わたしは 見た 木の陰から 姉さん 里人を 追い返してた

男が 雪まみれになって 転がっていった

その後よ 姉さん ひとりで 歌うようになった

ヒトの里にも ゆきがふる 雪やこんこん 雪こんこん

ふぶき こゆき やめなさい! 恋をすれば 苦しくなるわ

相手を想う 思えば 命を奪えない 雪女の務めを 果たせない

こゆき わたしは 恋などしていない 気まぐれよ

姉さんとは 違う いっしょにしないで!

それに もう 終わったことよ

弥助が 戻ってくるわけないわ 

ふぶき そうね そうだね 終わったことね

こゆき 歌おうか

こゆき ええ

ふぶき お山の下には 何がある

こゆき ヒトが住んでる 里がある

こゆき・ふぶき ヒトの里にも ゆきがふる

ふぶき 雪やこんこん 雪こんこん

こゆき・ふぶき 童が遊ぶ 雪こんこん

天ではすすき 下ではぼたん

つもれつもれ 沢山つもれ

こゆき 積もったうえにまたつもれ

ふぶきは何かを感じ、歌うのをやめる。

こゆきは楽しそうに歌い続ける。

しばらくして、自分だけが歌っているのに気づく。

こゆき 姉さん どうしたの?

ふぶき におい ヒトのにおい……

ふぶきが舞台上手奥へ走り去り、こゆきが後を追う。

舞台の照度がやや落ち薄暗くなる。

※本記事は、2019年8月刊行の書籍『雪女とオフィーリア、そしてクローディアス』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。