デッキの上で景色を楽しんでいた私の前には、採石場の跡がわかる与島にかかるトラス橋のカーブやら、美しい斜長橋の櫃石島橋・岩黒島橋、そしてつり橋の北備讃瀬戸大橋、南備讃瀬戸大橋、その向こうの坂出・番の州工業地帯の赤白に塗り分けられた煙突、それから讃岐富士などの一連に見える風景が広がっていました。

まるで川の流れのように急な瀬戸の海流が波の動きで素人の私にも見えたり、またタンカーや貨物船などが行き交ったり、ブイが浮かんでいる海上交通の様子、島影に見える「見・張・励・行」と順番に1文字ずつ点灯する注意標識など、海の上ならではの風景に見飽きることがありませんでした。

本四架橋の3ルートのうちただひとつの鉄道併用の橋なので、電車が通るところを撮影したいな、と願っていたら、2度ばかり通過するのが見えました。

なんと、電車ですらまるで尺取虫くらいに小さく見え、少しも写真のアクセントになってはもらえず、逆に橋の巨大さがよくわかるという結果になりました。二つの巨大つり橋の中央に聳え立つコンクリートの部分も、何十階建てのビルに相当するものやら、ゆっくりとつり橋の下を進む船から口をあんぐりとあけて見上げました。

体が冷えてきて船内に入ると、豪華な御座船らしい仕様の階段や、お座敷の部屋のほうへ入ると天井も絵の描かれた豪華な格天井の仕様になっていることに気づきました。

薄暗くなってくると、つり橋の太いケーブルがライトアップされ、またそれを支える主塔も照らし出されてアルファベットのHの形に浮かび上がってきました。

下津井の山の上には鷲羽山ハイランドの観覧車と、瀬戸内児島ホテルの窓の灯りが見え、夜景もきれいでした。やがて児島の町の灯りも見えてきて午後7時半ごろ、予定通り2時間のクルーズは終わりました。瀬戸大橋の巨大さ、備讃瀬戸の島々の景色の美しさを堪能させてもらった2時間でした。

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『夫と歩いた日本すみずみ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。