おそらく、いや一〇〇%ここにいる珍獣のうめき声よりも私の罵声の方が近所めいわくなのは重々わかっている。

わかってはいるけれど、理性よりもむかつきという感情がMAXになり、珍獣に対する鬼と化してしまう。

なぜか⁉

それはここに出てくる珍獣はさっきまで私の旦那だったからだ。

だが、ある一線からもののみごとに変身して珍獣と化してしまう。いったいどのスイッチを押せば珍獣へと変化できるのか? 私にはまるっきり理解ができない。

確かによく耳にする酒乱とはほど遠く、うちの珍獣は人に危害を加える事はない。仕事が終わり、外に飲みに行く訳でもなく、自分におつかれ様とごほうび的にアルコールを口にする。目くじらを立てる事もなかろうが、いかんせんむかつきが抑えられない。

なぜか? これしか思いあたらない。私は「正真正銘の下戸」なのである。まるっきりアルコールという液体を受け付けられない。だから酔うという感覚がてんでわからないのだ。まるっきり未知の世界の話なのだ。

さっきまでいつもの人だったのに、アルコールを口にして、ある一線を越えたとたん別の生き物、すなわち珍獣へと化す。

人生六十数余年、この謎だけは一向に解明できない。

それなのに、それなのに、理不尽この上ないが、その珍獣の旦那と魚料理専門の居酒屋を生業として生きてきた私なのだ。そうなると必然的に嫌でも酒に囲まれる。

お客さんを珍獣よばわりはできないが、それに近い人達もずいぶん見て来た。これからお話しする事は人生の終末期に手が届くようになり、人生の大半を居酒屋という箱の中で過ごしてきた居酒屋おばさんのたあいのない一人言。なのでもしよろしければ最後までおつきあい願えれば幸いでございます。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『居酒屋おばさんの下戸ですけど何か?』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。