出会い─パリの片隅で

三週間経った。

カミーユは包みを一つと住所を書いた紙切れを持って、セーヌ河に架かるポン・ヌフを渡っている。二月に入り、河を渡る風は身を切るように冷たい。

「いいかい、きちんと代金を頂いて、金額を確認してから品物を渡すんだ。前回は、店頭で品物をお渡ししたんだが、ついでがあって立ち寄っただけだから持ち合わせがないと言われてね、ツケでお渡ししたんだよ。そうしたらこれがなかなか回収できなくて、やっと支払ってくださったのが三カ月後ときたもんだ。こういう客に甘い顔をしてはいかん」

店を出る前、くどくどと繰り返していた店主の渋い顔が何度も蘇った。カミーユのような小娘にこんな仕事を頼むのは、今日すぐに支払ってもらえなくてもいいと思っているからだ。

入金がなければ商品を持ち帰らせればいい。無駄のようだが、商品を見せれば金を用意する気にもなるだろう。必ず払ってもらえるとわかっているなら店主自ら出向いて行ってもいいが、今回は仕立屋としては少額の売り上げでもある。もし、また支払いが滞るようなら、ちょっと質たちの悪い筋に取り立てを頼むことになるが、それはまだ先の話だ。

いたずらに事を急いで顧客を失う必要はない。今日は、回収できればそれでよし、もしできなくても、支払いを促すことさえできれば、カミーユを使いに出すくらい痛くも痒くもない。

店主の期待がその程度でも、やはり代金を請求するのは気の重い仕事だ。今回はジレとクラヴァット二本で合わせて八十フランほどだが、お針子見習いとして店に入ったばかりのカミーユの給金に比べたら倍以上の金額だ。労ばかり多くてあまり成果の見込めない気鬱(きうつ)な仕事にもかかわらず、カミーユの胸の奥は微かに弾んでいた。

あの男にもう一度会える。それは、あの自信満々なこだわり屋に対する好奇心だろうか、それとも……。

十七歳のカミーユは、自分の気持ちの正体もわからぬまま、もう一度その男に会えるのだと、ただそう思った。フランスでは今、何もかもの価値観が目まぐるしく変化し続けている。

一七八九年の革命勃発以来、共和制と王政、帝政がせめぎ合う政変を繰り返し、周辺国との戦争が続いた。経済的には十八世紀半ばにイギリスで起こった産業革命が伝播(でんぱ)し、高度経済成長の真っ只中にある。パリ近郊の田園風景はみるみる失われ、林立する工場に姿を変えつつあった。