扉が開いて向かいのビルの二階でカラオケスナックを営む月子さんが入ってきた。今日も目のやり場に困るくらいのミニスカートだ。

「月子さん。いらっしゃいませ。生ビールですよね」

「うん。それとおつまみはどうしようかな?」

「まずはお通しをどうぞ」

月子さんの前に俺と同じお通しの盛り合わせが置かれた。モズク酢に、菜の花の辛子和え。それとポテトサラダ。

「ポテトサラダは地元の新じゃがです」

月子さんが威勢よくビールを飲んでポテトサラダを食べた。

「あ~ここのポテサラって美味しいわ~。マヨネーズが強すぎなくてさっぱしていて。いくらでも食べられちゃう」

たしかに。普段ポテトサラダなんて意識して食べていないし、ほんの添え物ぐらいにしか思っていなかった。だが花里のポテトサラダは不思議と箸が伸びるのだ。

それもそのはず、ここ静岡県浜松市はうなぎ、ガーベラと同じようにじゃがいもの名産地でもある。三方原台地の赤土で育った三方原馬鈴薯は肉質がしっかりして、皮が薄く、じゃがいも本来のいい香りがする。三方原という地名はあの武田信玄と徳川家康が戦ったことで有名なところだ。

春さきからでまわるこの馬鈴薯はよく洗って皮ごと素揚げにして塩をかけて食べると素材そのものの味とホクホクとした食感が最高に美味い。その馬鈴薯を使ったサラダだから美味しいに決まっている。

「大ちゃん。ポテサラお代わりもらえる?」

「はい。お待ちください」

「それじゃあ、僕ももう少しもらおうかな。あっでも……」

「俊平さん、どうしました?」

「それがね、もうすぐ健康診断なんだよね」

飲みに来ていてこんなことを言うなんて無粋とは思いながらも、息子が成人するまでのことを考えたら溜息とともについ言ってしまった。

「あはは、何を言ってるのよ俊平さん。こんな美味しいもの食べないなんて信じられないわ。私なんかね、ここ十年で毎年一キロ太ってるの。十年前の写真見てよ」

スマホを取り出して見せてくれた月子さんの十年前は今より十歳どころか十五歳、いや、二十歳は若く見えた。一年で一キロ……。そんなに急激に太るわけではないから周りは気がつかないかもしれない。でも十年前の写真はその違いを確実に物語っている。このまままた十年経つと……おいおい月子さん、俺よりヤバいよ。

「ただちょっと困ってることがあってね、このぐらいで体重が増えるのをストップしないと洋服も年々買いかえないといけないのよね。お店までの階段をあがるのも息がきれるし。膝や腰にくるのも時間の問題かもしれないわ」

笑っていた月子さんがだんだん深刻な顔になってきた。

「それだけじゃないの。この夏に常連さんたちと川でバーベキューする約束しちゃって、そこでビキニ着たいのよ。あたし」

なんと!

えっ! ウソだろ!

月子さんのビキニ! うちの奥さんのビキニだって健太が産まれてから見ていないのに、(それどころか下着姿もここ最近見ていないけど)月子さんって俺と同じぐらいの年だよな。いや、もう少しいってそうだ。それでビキニってマジか……。

「やっぱりダイエットしなくちゃいけないのかしら~」

そう言いながら生ビールを飲みほした。なるほど、この人の中ではアルコールはゼロキロカロリーなんだ。

※本記事は、2021年3月刊行の書籍『微笑み酒場・花里』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。