第二次世界大戦が終わって、日本の併合から解き放された半島は一時安堵したものの、緩んだ国家という意識で統一性を欠いていた。

いち早くソ連は北側のリーダー金日成に目をつけ、半島を支配させ、自国の利益に繋げようとしたのである。郭のいる南の軍は李承晩を立てるが、いかにも統制が取れている様には見えない。

頼りのアメリカを中心とする連合軍は、大戦後の倦怠感で世論が戦争に反対しているので、参入することは出来ないでいる。見るからに韓国は劣勢である。急がねば、と郭は思った。

郭の見る限りキクは、栄養素が不足しているように見えた。そこで、クコやヨモギといった薬草を使ってみることにした。武君には訓練しかないな。まずは心を開かせて……。山陰地方は山々が海へせり出していて、少し山間へ向かえば豊富な草木に会える。

郭は、早速新芽の出始めた山野を歩き回っては、目に効く薬草を探した。食べることの出来る草木もだ。無論、武を連れて。

武は郭と出会うまでは、キクと田畑や家の周りで遊ぶしかなかった。平地と山間ではかなり趣が異なる。蝶一つとっても山のそれは大きいし、時々ミミズクが頭を下にぶら下がっている。少し奥へ入ると昼間なのに薄暗く湿っぽい。土の匂いに似ているが少し違う粉っぽい空気は、森の鼻息のように感じるのであった。

さらに武は何でも触り嗅ぎたがる。蜂に刺されたり沢ガニに挟まれたり大変だったが、郭は、生活に使える木や草、虫や鳥のことを武に教えていった。理解出来なくても良い。常に音声として聞かせることを重視した。そうすることで、武は色々と知識を得ていくことが出来る。一つ一つ学習していきながら何が安全で何が危険なのか確実に覚えていった。

いつもニコニコして、ヘビやカエルも平気で掴む。上手に出来ないと少しヘコむが、郭が捕ると満面の笑顔になる。素直ないい子だ。会話が出来ればと思ったが……焦ってはいけない。しだいに、自分でも必要なものを採ることが出来る様になっていった。

時々村の人に出会うが、武が同伴なので特に何事もない。少しは噂になっているのだろうか。キクは、郭が来てからすぐに兄の安治に会わせて事情を話し、此処にいることの同意を得ていた。

「郭さん。短波のラジオやったら持っているから、使ってみんかね?」

と、安治。

「ありがとうございます。半島の情報が入るかもしれません。助かります」

「いつかは帰りなさるから言うておくが、武の父弘と、お爺の芳蔵が、もしかしたら貴方の様に、向こうに流れ着いているかもしれん。情報があれば、逆に教えて下さらんか?」

「勿論です。私は、釜山の軍ですので南の海岸になります。漂着するとすれば、南側の可能性が高いと思われます」

※本記事は、2021年5月刊行の書籍『二つの墓標』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。