のるかそるか

「子どものこころ専門医制度」が発足したことから、高齢の身で気は引けたものの専門医試験を受けてみようと思った。まだ現役として子どものこころの診療を続けている以上、もう一度勉強をし直そうと思いたったからだ。

試験は長崎で開かれる日本小児心身医学会の最終日の朝に行われることになったが、試験前夜とんでもない事態が起きた。いざ、寝ようとしても目がらんらんとして冴え、全く眠気がこないのである。慌てて入眠障害に著効を示す新薬を一錠服用してみたが、びくともしない。再度半錠を追加してみたが全然眠気がこない。

この上は、さらに一錠追加し、通常の睡眠薬も加えて寝入る方式を選ぶか、そのまま一睡もせずに受験に挑むのか、いずれかの選択を迫られた。もし増量して眠れたとしても当日朝、薬で朦朧としまいか……、逆に一睡もしないまま受験に挑んだ場合、頭がボーッとして働かなくなる可能性はないか……、あるいは、猛烈な睡魔に襲われる可能性だってある。

一か八かの決断を迫られた深夜、「エイ!」とばかり、薬を一気に飲み切り、運を天に任せた。その際、効き過ぎて寝坊しては困るので、ホテルのフロントにモーニングコールをお願いした。翌朝、眠気が強ければコーヒーをガブ飲みしてから出かけるつもりだった。

さいわい、増量服薬で何とか四時間ほど眠って受験に挑むことができた。十数人の受験者のほとんどが息子と同世代の三十~四十代の若いドクターばかり。何だか一人だけ浮いている感じだった。

脳が興奮し、過覚醒に陥ったことはこれまでにもあり、二年前の脳腫瘍の手術を受けた際には、術後、脳が過覚醒状態に陥り睡眠がとれない状態が四日間続いたし、細菌性前立腺炎で危うく敗血症になりかけて入院した時もそうだった。

二〇一六年の夏は雑務雑用に追われ、年甲斐もなく頑張りすぎた。外来診療のほか、自治体から頼まれた仕事などいろいろ雑務が重なり、その合間を縫って児童精神科の本にも目を通した。学会当日も興味をそそるテーマが続き、二日連続熱中して聞き入り、脳疲労に拍車を掛けた。

普通、過度の緊張や疲労が重なると、体がだるく無気力になりがちだが、脳が逆に興奮し過覚醒状態になることもある。丁度、車のアクセルがオンのままで、ブレーキやギア操作が効かなくなったようなものだ。年甲斐もなく頑張りすぎて緊張状態が続いたため、脳が暴走したかもしれない。

試験から数日たった敬老の日の九月十五日、合格通知のハガキが届いた。ちなみに、その日は私の七十七歳の誕生日でもあった。これからは、ムキにならず、のるかそるかのゲームに乗らず、穏やかに敬老の日を迎えたいものだ。