武が一歳と六ヶ月になる頃、寂しくも、小さな希望を持って年を越しました。すずは、わしを独りには出来ないと言って、郷には帰っていない。

三人で正月をしながら思うた。

武はよく笑う。すずさんのためにそうしているのかもしれんと。

平和で新しい年が明け、今年こそ戻ってきて下さいよ、と願掛けをして初詣を済ませた一月七日。天気は良く、夕方まで陽射しのあった日じゃった。

すずさんが姿を消したんじゃ。

『ごめんなさい。捜さないで下さい』という手紙と米、味噌、塩、砂糖などが、上がり口に積んであった。

目の前が真っ暗になって言葉も出ませんかった。神様は私から全てを奪ってしまわれた。

夫、弘に続いて今度はすず。

 “武”もいない。へたり込みました。不安感が先に来て、次に怒りが湧いてきたんじゃ。

こんなことが、こんなことがあるものか。神様を恨んだものじゃ。

……陽が落ちる頃、安治が武を連れてやってきた。これにも驚いた。武はグズっていたが、わしの顔を見るとニッコリ笑った。涙が出たよ。

あぁ神様。またしても、わしらを苦しめなさるか。良い時もあれば悪い時もあるということかね、と思いましたで。

そうして四年が経った頃。

兄の安治や村の人達の助けもあり、ようやく武が小学校へ行く年頃になったものの、武の口からは言葉が出ない。田舎の学校では、勉強は難しいと言われた。悩んでいる間に時は過ぎた。

「なぁ武ちゃん。バァと二人で生きていこうなぁ。武ちゃんはお利口じゃけ、バァの手伝いをしてくれよ」

語りかけると、少しは理解が出来るのか、ニッと笑ってわしの袖を掴む。心の中で合掌したわ。神様、この子だけは連れていかんで下さいのー。

その頃のわしは、よく転んだり、物にぶつかったりするようになっておった。視力が低下していたと思う。

大戦が始まって、この目は益々見えなくなった。周りの人々の力を借りながら、武を育てていったんじゃ。

「長い話になりましたが……迷惑でしたなぁ。ゆっくり休んでつかあさい」

郭は、よほど疲れていたのか、すぐに眠った。

広い山林で木を切る。二人の人間が薪にして背負い、山道を下りている。子供が大人よりも大きなヒマワリを見て『アーアーッ』と指差す。『ヒマワリだよ』と言いたいのだが、自分も声が出ない。子供と二人、船で釣りをする。夢中になった子供が前のめりになっている。

『危ない!!』声が出ない。彼はひどい汗をかいた。