【白山(石川・岐阜)】高山植物の宝庫 1991年7月:自然解説員は大学生

高山植物の名前には、上にハクサンとついたものが多い。そんな名前が気になって、私は白山・ハクサンに行ってみたいと思った。池袋から7時間高速バスに乗れば、翌朝早く金沢駅に着く。

金沢駅前6時40分発の白山行き路線バスに乗れた。ほとんどの地方で梅雨明け宣言があったが、北陸はまだ低気圧に覆われているようだ。フロントガラスに雨滴が当たる。バスは市内を抜け、稲田を走り、山峡を進んだ。

金沢駅から2時間半で「別当出合」に着いた。霧が深い。バス待合室で雨具を着る人、すぐ出発する人、朝食をとる人。私は売店で昼食用のおにぎりを買った。9時10分、登山開始。すぐにつり橋があり、前方に長く落ちる不動の滝が見えた。もう下山してくる人がいた。

「上のほう、天気どうでしたか?」

と話しかけてみた。

赤い雨具の男が立ち止まった。

「23日の日がちょっと晴れただけで、ずっと雨でした」

別当出合の登山口から2時間登って、甚之助ヒュッテに着く。前に三人。あとから二人登ってくる。近づいてきた二人は夫婦らしい。旦那のほうが私に声をかけてきた。

「どうも天気が残念ですね」

70歳は超えていそうだ。

「明日に期待したいですけど」

と私。話してみたら富山の人だった。私が埼玉だと言ったら、今度は奥さんが私に、

「埼玉のどちらですか?」

と聞く。

「川越です」

「お芋のおいしいところですよね」

「よく御存じですね」

奥さんは遠い昔を思い出すように、

「若いころ、大宮(現・さいたま市)に5年ほど住んでいたことがありますから」

足元近くには、ハクサンフウロ、シナノキンバイ、ヨツバシオガマ、ハクサンチドリ、コバイケイソウが咲き、夏なのにウグイスの声も聞こえる。

道は少し下るように南竜山荘へ延びていた。ここで二人と別れた。左手に建物が2軒あるが、太い鉄材の柱を何本も使っている豪雪地帯らしい頑丈なつくりだ。南竜山荘の重い戸を開けると、土間にテーブルがいくつかあり、食事をつくっている人がいた。 

私は受付を済ませて部屋に入った。汗だくになった下着を着替えて、横になっていると、室内放送があった。

「自然観察に出かけますので、ご希望のお客様は、ロッジの前にお集まりください」

少し霧が晴れてきた。南西下のほうに遠く勝山市や大野市方面が明るい。大野市の左横に長く見える山は、百名山の一つ荒島岳だろうか?

ロッジの前に行くと、解説委員が三人待っていた。客は40歳くらいの男と私の二人だった。

このあたりはイワイチョウやハクサンコザクラなど、湿性高山植物が庭園のような風景をつくっている。腕章をつけた若い男が説明を始めた。

「このあたりは白山御前峰と別山の鞍部に当たる平坦地で、南竜ケ馬場と呼ばれているところです。白山の山頂から噴出した溶岩流によって形成されています。また、白山でキャンプ場が許可されているのもここだけです」

斜面下のほうにエコーラインがジグザグに見える。

「山荘の後ろに見える黒っぽい緑は、アオモリトドマツで、あのように尾根を中心にして広がっていることがわかります。アオモリトドマツは、白山より西では見られません。2000メートルを超える高い山がないからです」

解説は女子に代わった。三人とも金沢大学の学生だった。男は、女子二人の先輩らしい。

「これがモミジカラマツです。葉っぱがモミジに似ていて、花がカラマツに似ているからです。白山は多くの高山植物にとって、分布の西限なのです。北アルプス連峰とも70キロメートル以上も離れているため、植物相互の交流はほとんど不可能だと言われています」

小さな流れを渡った。若い女子のスカイブルーの腕章が格好良い。

「これはハクサンフウロの花です。漢字では風の露と書きます」

「なかなか風流な名前なんですね」

40歳の客人が言った。少し話したところ、この客人は百名山を93座まで登り終えたという。

明日の帰りは荒島岳をやるそうだ。

「これがゴゼンタチバナです。ゴゼンとは、白山の御前峰から付けられたものだそうです」

30分ほどの山荘周辺観察は楽しかった。