「君、このスリーピースなら、ほかにどんなクラヴァット(首に巻くスカーフ状のもの)が合うだろうね」

また別のことを考え始めたようだった。カミーユは予期しない質問を投げ掛けられてどぎまぎしながら目を上げると、男の顔を初めて正面からまじまじと見た。黒髪にセピア色の瞳、一文字に結んだ唇。なかなか凛り々りしく端整な顔立ちだ。何よりその瞳には、捉えたものを決して離さない強さがあった。正面から見据えられると吸い込まれそうで、胸がざわついた。

慌てて質問の答えを探した。

「今、お召しの黒は凛々しくて素敵です。でも、お若いですから、臙脂(えんじ)濃紺(のうこん)などでもお似合いかと」

答えを聞いた男は、初めて笑顔を見せた。

「そうだね、一緒に誂えてもらおう」

意外にもさわやかで屈託のない笑顔に、カミーユの胸はいつもより速く鼓動した。そのとき店主が、生地を五本も抱えてようやく現れた。

「お待たせいたしました」

店主は、すでに置かれた七枚の生地の上に、すべての生地がよく見えるよう手際よく並べていったが、並べ終わらないうちに男は一枚の生地を指さした。

「これだ。これで頼みます」

迷いは微塵も感じられなかった。カミーユは店主の脇で伝票を用意しながら、余程色柄を選び慣れている人なのだろうと思った。そのあと、ボタンは割合すぐに好みのものが見つかった。裏地にはモーヴ(灰色がかった紫色)がかったペイズリー柄の生地を指定し、カミーユに尋ねていたクラヴァットも臙脂と濃紺のものを併せて注文した。伝票が出来上がり確認のサインを求めると、男は濃く達者な文字を書き入れた。

「オスカル=クロード・モネ」

20歳頃のクロード・モネ  エティエンヌ・カルジャ撮影

※本記事は、2020年8月刊行の書籍『 マダム・モネの肖像[文庫改訂版]』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。