私は慎重にサッカーボールを床の上で、右足で左右に転がした。何とか20回できたが、最後の方は、ボールをあまり左右に動かすことができなかった。

その次に、同じように今度はボールを前後に転がしてみる。これは何とかできた。

「毎日やっていくと、右足の細かな感覚を掴めますし、コントロールできるようになります」

と言われた。サッカーボールをこのようにリハビリで使用することは想像もしていなかった。繰り返し毎日ボールを前後左右に転がしていると、だんだんスムーズにできるようになった。

私はリハビリを受け身で取り組まず、リハビリで回復を目指しつつ、自分の体を自分が一番理解しようと思った。

そして、リハビリを自分なりにも学ぼうと考えていたので、毎日のリハビリ中、療法士の方々にかなり質問した。筋肉や神経の構造などのマニアックな質問をしていた。ちょっと変わった患者だったかもしれない。

体は水を吸収するスポンジのように、新たなリハビリメニューなども、積極的に受け入れていた。リハビリはきつく、時には苦しいこともある。

だが、1日の成果はわずかでも、日々のリハビリの積み重ねが、確実に何らかの成果につながっていく。リハビリはつらいものだが、目線を変えて自分が自分のトレーナーだと思い、積極的にリハビリに取り組む、攻めの姿勢が回復への近道だと、私は考えた。

病気によっては後遺症も様々なので一概には言えないが、倒れてすぐに、いち早くリハビリと出会い取り組むことができたのは、私にとって大きな意味のあることだった。

リハビリに頑張って取り組むことは大事である。それと同じくらいに、自分が自分の体にダメ出しをせず、できていることを認めることも大切なのでは、と強く感じた。

残念ながら、倒れる前にこのような考え方はできていなかった……

今思えば、幼い頃から、自分の力が10あるとしたら、無意識か意識してなのか12いや20の力を無理して出そうとする性質だった。そして大学卒業後、社会人になってから、この性質に拍車がかかっていく。

同期や上司が異性だったこともあり、『男の人に負けたくない。私はもっとできるはず』と考えることも少なくなかった。

睡眠や休日も削って、自宅にも仕事を持ち帰り行っていた。40歳で退職後、再就職した会社でも、同じように、自分を鼓舞しながら仕事に邁進した。

生活の8割、頭の9割は仕事に支配されていた。どんなに無理をしても、自分に負荷をかけても、自分の体は無敵だ、と変な自信を持っていた。

だが、たまにヘルペスが顔にできて、熱を出すことがあった。それでも、仕事のせいではなく、

『弱い体の自分が悪いのだ。もっと強くいられるはず』

そんなことさえ考えていた。

仕事で忙殺される日々の中で、自分の体にダメ出しをし、体に鞭(むち)を打つように過ごしていた。

私は、リハビリを通して、自分の体に対し深く詫び、『今まで無理させたね』と思うようになっていた。

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『アイアムカタマヒ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。