最後の仕事

しばらくすると、体調を崩し階段を上がると息切れがし、集中力を欠くようになった。

脳梗塞の影響もあり、心臓の方にも負担がかかっているのがわかった。会社に着くと、自席に座りメール内容を確認し、回答が必要な要件は、慎重に調べてから報告する。極力、電話で可能な案件は、電話で処理した。

そんな時に、専門外の難しい案件処理を依頼された。保険金支払いの案件で、両者の言い分が違い多額の保険金が宙に浮いたままになっている。

長い間解決が不可能で、安易な処理をすると、大変な問題を起こす案件であった。過去の処理票を読んでみると、確かに厄介だ。

契約者と保険金受取人の意見が全く違う案件で、会社は今まで苦労をしてお互いの意見を調整し対応してきたが折り合いがつかず、時が過ぎれば解決の機運が生まれるかと長年、据え置いていた案件だ。

東京都と静岡県を跨いだ案件であった。

私は、両者の現在の考えを聴くことから始め、定年最後の仕事と決心し、私の今までの経験を生かし、じっくりと時間をかけて両者の言い分の違いを理解し、その違いの原因を探り、一つひとつその原因を解きほぐすことから始めた。

決着がつかなければ、最終的には供託も選択肢に入れた。受取人の所在する静岡に電話し、アポ取りを行い、こちらの会社名を名乗り、訪問したい旨を伝えた。

電話を終えると、しばらくして警察から電話があった。「もしもし詐欺・振込詐欺」と先方から勘違いされたらしい。正当な電話内容であることが解ると、電話のあった警察官から先方に勘違いであることを伝えてくれることになった。

その警察官の話を聞いて、電話の主は年寄りで猜疑心の強い方であることを知った。多分、父親であろう。訪問予定日に静岡に行った。大きな家で玄関の門構えだけで私の家の敷地程はある。

玄関を入り、私は挨拶を行い、丁重に名刺を渡した。最初に玄関に出てきたのは、鬼のような顔をした怖い七十歳過ぎの男性であった。私が面談し、説明を必要としているのは娘さんである。

「前もって連絡をしておきましたが、娘さんは、ご在宅でしょうか」

今にも決闘が始まるような鋭い声で、

「話は、私が聞きます」

保険内容は、プライバシーに触れる内容が多く、該当者以外には話すことは出来ません。

「プライバシーの問題がありますから、ご本人以外には話せません」

「私は、父親であり、娘のことは、充分知っている」

私は、困ってしまったが、強い声で、

「内容が重大な内容であり、父親といえども話せません。まず、娘さんを出してください」

そんなやり取りの上、しぶしぶと、

「おーい。出ておいで」

奥から、

「お父さん、上がってもらって」

の声で応接間に通された。私は、テーブルにつく前に、再度、受取人である娘さんに先程と同様な挨拶をした。