『私は異郷からやって来た者と述べることもできますわ。でも本当のことを語ろうと思います。私、ここの者ですの』

すると彼は少し口調を改め、荘厳さを醸し出そうとでもするように言い放ちました。そのときは『滑稽だわ』といった感じなど全然なくて、畏まって聞いておりました。お坊さまは色んなことを語ってくれたのですが、今もはっきりと記憶に残っている言葉はそう多くありません。

『汝はここにいるぞかし~。身罷りし者たちの住まいに至りて~。ご覧じなるかな~いにしえの時にありて~、町はかかるたたずまいを見せており~』

これに続けて彼は語り続けたのですが、気持ちのほうが少し前から他のほうに気を取られてしまって続きの言葉は意味を成すものとして私の耳に入ってきません。

それというのも声のほうではなくて、今まで気づかなかったその顔のほうに惹きつけられているのです。お坊さまと思いこんでいたのに彼の顔立ちがどことなく私の好きなウイーンの音楽家の顔に似ていることに気づいたのです。

それも私の根拠のない思い込みにしか過ぎなかったのかもしれません。でも彼の話しぶりが、内容は入ってこないのに、どうしても状況説明ではなくて、メロディーに乗って歌われているように響くのです。

自身で作曲した曲にそのまま自身の言葉をのせて、歌うように語りかけてきます。目に見えないピアノのメロディーに合わせて歌っているという感じです。

でもその連想というか思いつきを自分でも馬鹿馬鹿しいと思って、今自分は日本のお寺にいて、お坊さまの話を聞いているのよと、言い聞かせようとしました。

すると今度は彼の声音が何度か聞いたことのある声明の一節を朗唱しているように聞こえるのです。このこともこれまで女の人が歌うものしか聞いたことがなかったものですから、私はしっかりしなくてはと何度か頭を振って現状をしっかり確認しようとしています。

はっきりと目を覚ましたいという気になっていました。そのように自分では努力しているつもりなのですが、私はまだお坊さまの話を聞き続けています。

聞いたことのあるようなないようなメロディーに乗せて話されるのを聞いているうちに、傍らにいた兄はげんなりとしたのか、私をおいて立ち去ってしまったようです。

しばらくすると、横に付き添ってくれるように誰か人が来てくれた感じがします。兄とは違うようだとは気配でわかります。私のほうは不謹慎と思い横を見ず、前方を向いたままでお話を傾聴している風を装っています。

お坊さまの話が少し途絶えたかと思えた時に、好奇心には勝てずそっと横を見てしまいました。あの方です。きっと兄が呼び寄せてくれたに違いありません。

お坊さまの話を和洋の歌謡仕立てで二人仲良く聞けるようにはからってくれたのだと思い込もうとしました。その時のことを今書いているとお笑い草だけど、正直そう思ったのです。

その時も、こんなこと、皆私の妄想から出てきたものかもしれないという気持ちもありました。それでもいぶかしげに周囲を見回すようになっても、彼のほうはずっと話し続けていけるようです。彼は再び話し始めます。

『この地へ移されし~汝が夢はわれらの同輩になりゆ~く~予兆なり~』

『御仏の望まれますままに』