桐壺更衣(きりつぼのこうい)の物語をどう読むか

『源氏物語』の冒頭部分の主人公は、桐壺更衣である。桐壺更衣の物語を略述すると、次のとおりである。

故大納言は、娘(桐壺更衣)が生まれたときから、将来娘を入内(じゆだい)させたいとの強い望みを抱いていた。亡くなるときには「自分が死んだからといって、入内の志を捨ててはならない」と遺言した。

娘の母君は、夫の遺言を守り、有力な後見者もいない中、女手一つで娘を桐壺帝の後宮に入内させた。

桐壺更衣である。桐壺帝は、数多くの女御(にようご)、更衣たちの中で、とりわけ桐壺更衣を寵愛され、やがて更衣は、玉のような男皇子(みこ)(後の光源氏)を産んだ。更衣に対する帝の寵愛は、ますます深まる。

桐壺更衣以外の女御、更衣たちも、一族の輿望をになって入内した人たちであるから、帝の寵愛が桐壺更衣だけに注がれていることは耐え難い。

桐壺更衣に対して、陰湿ないじめを繰り返すことになった。それが積み重なって、桐壺更衣は、病を得て、命を長らえることもできないほどになってしまった。

更衣は、帝との別れの際、息も絶え絶えに次のように言う。

更衣「かぎりとて別るる道の悲しきにいかまほしきは命なりけりいとかく思ひたまへましかば」(①二三頁)

(今はもうお別れするという道をいかなければならないのは悲しい限りですが、私の行きたい道は生きる道でございます。こういうことになるとわかっていましたなら)

更衣は、宮中から退出した日の夜半過ぎ、はかなく亡くなった。更衣の母君は、更衣の死にざまについて、勅使として遣わされた靫負命婦(ゆげいのみようぶ)に、

「人のそねみ深くつもり、やすからぬこと多くなり添ひはべりつるに、よこさまなるやうにて、つひにかくなりはべりぬれば」(①三一頁)

(人々の嫉みが重なって、気苦労ばかりが多く、とうとう横おう死し同然で亡くなってしまいました)

と言う。「よこさまなるやうにて」の一言は、命婦から復命を受けられた帝の胸を鋭く突き刺したに違いない。

作者の紫式部は、どのような意図で、『源氏物語』の冒頭に、以上の桐壺更衣の物語を書いたのだろうか。この時代の貴族たちの多くは、自分の娘を入内させることを夢見る。一族の繁栄や名誉を願ってのことであろう。

桐壺更衣の亡き父大納言の願いはかなった。娘は帝の寵愛を得て、そのうえ、男皇子を授かるという幸運にも恵まれた。