父は明るく親しみやすい人柄ではあるが、仕事に対しては厳しく、職人気質で妥協を許さない。そんな姿勢が10年という長い年月にわたって店を支えてきた原動力となったのである。

岩間家では、普段三食の料理は母が担当しているのだが、たまに近所の石澤さんからいただく高級なお肉や魚は父が料理した。ちなみに、石澤さんとは兄の同級生の石澤誠くんのお家のこと。

誠くんは岩間家では「マービー」と呼ばれていて、昔テレビで放送されていたアメリカのテレビドラマ『フルハウス』に出てくる長女の親友・キミーのような存在だ。小さいころの家族写真には必ず存在する、岩間家を語るにあたっては欠かすことのできない名バイプレイヤーだ。

そんな小さいころから家族付き合いをしている石澤家は食通で、いつも岩間家では食べたことのないようなおいしいものをくれる。

「今日も石澤さんのところからホタテいただいたよ」

母が申しわけなさそうに言うと、

「なんだかいつも悪いな。ずいぶんデカいホタテだな。じゃそれ今晩の夕食にいただこうか」

そう言うと父は器用にホタテの殻むきを始める。

「ホタテは上と下があって、少し膨らんで丸くなっているのが上で、平らなほうが下だ。下の貝殻に沿ってナイフ差し込んだら小刻みに動かして、貝殻と貝柱のつながっているところを切り離すだけだ」

と、言うとあっさりやってのけた。父は寿司職人なので、ホタテの殻むきなど朝飯前でやってしまうのだが、子どもたちに教えながら手を動かすその姿はかっこよくみえた。

「今日のホタテは刺身にバター焼き、天ぷらにするか。天ぷらはおかぁにしてもらって、俺はホタテ切って仕上げるか」

夕食の仕込みが終わった父は、いつものように早めの晩酌を始めて上機嫌に笑っていた。父は普段、無口なほうで自分から話をしたがるタイプではないが、お酒が入ると途端に話し上戸になるのだ。

「俺は中卒で寿司屋に入ったから学がない。でも、生きていく上で必要な知識と知恵と技術は身に付けてきたつもりだ。これがあれば生きていけるし、家族だって守ってやれる」

父がほろ酔いになって、次の一杯に手酌で酒を注ぎながら続ける。

「一度身に付けた技術や知識は、自分が何かやろうとしたときに必ず役に立つ。だからいっぱいいろんなこと経験して、失敗して覚えるんだ。隆司は好きなこと見つけてなんでもやってみな」

だんだん酔って酒と話のピッチが上がってきた父の晩酌は、母の、「隆司もお父さんも早くお風呂入んなさい」で、試合終了となるのだ。

※本記事は、2021年5月刊行の書籍『いち福 小さなだんご屋のはなし』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。