「会えなくなって寂しいのではないのですか?」

古谷が笑いながら言った。月一回とはいえ一年半以上も会っていたので、娘たちも笑って話してくれるようになっていた。「弁護士さんもたいへんですね」とまで言われた。

「否定はしないよ」

「じゃあ、『今後もやります』と言ったらどうですか。依頼者は喜びますよ」

「ばか言うなよ」

自分の娘たちとの面会交流だけで十分だった。

第三章 慰謝料請求

「男衾法律事務所です」

「慰謝料を請求したいんだけど」

年配の男性の声で、口調は荒かった。

「だいたいでけっこうですので、どのようなことがあったのか教えていただけますか?」

事務所に来てもらって相談を受けてしまってからでは面と向かって依頼を断りづらいので、電話の段階である程度の内容は聴くようにしている。

「役所の対応がひどかった」

「はあ」

事務所にいた古谷に聞こえるように大きな声で言った。電話で「はあ」と返すときは、依頼を受けたくない相手であるので、そういうときは、電話が五分以上続いたら、「そろそろ裁判の時間です」と電話の相手にわざと聞こえるように大声で急かすと古谷と決めていた。

「一億円請求したい」

「一億円ですか……」

「そうだ」

「慰謝料で一億円というのは、よほどのことがないと認められないですね。相手の言動に対して慰謝料を請求する場合、そもそもなかなか認められないですし、仮に認められたとしても数万円程度になることが多いです」

「お金の問題じゃないんだ」

「はあ」

古谷がこちらを向いた。「分かってます」という顔をしていた。

「あのような職員がいたら市民のためにも役所のためにもよくない。だから懲らしめたい」

「それでしたら、役所の苦情窓口を利用されるのがよろしいかと」

「どうせ話を聴くだけで終わりだよ。何もしないよ」

「一億円を請求する訴訟だと、私どもの事務所では印紙代も含めて着手時に四百万円ほどかかりますがよろしいですか?」「裁判で勝ってから払うよ」

「いえ、訴訟を起こすときに必要になります」

「考えておく」

電話が切られた。その十分後に電話がかかってきた。着信表示をみると弁護士会からだった。

「男衾です」

「男衾先生ですか。先ほど、『男衾弁護士に依頼しようとしたら、四百万円をすぐに払えと請求された』と苦情がありました」

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『アフターメッセージ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。