入院中の妻の一言に、今までの人生の大半を過ごしてきた会社人生を否定され、悩んだことが、別家族の物語のようで、可笑しさを感じた。妻に向かって意地悪な顔をして

「定年離婚して、財産を半分ずつにするつもりだろう。半分じゃなくて全部だよね。財産もないけどね。借財も財産の内だからね」

「それ、嫌味に聞こえるわよ。やめて。思い出すから」

「定年離婚」の件は、入院したことにより「学んだ成果」が表れ、妻の眉間に縦皺が寄ることはなかった。「ホッと」すると同時に、気を引き締めないといつ……。だから、現在も引き続き「妻に服従」と「買い物」「ドアーの開閉」は励行している。継続雇用の話に戻り、

「先輩が、事務補助として在籍しているのには、ちょっと情け無さを感じるね」

と話を変えて言うと、妻は、語気を強めて

「何、言っているの。貴方もそうなるのよ。仕事に貴賤は無いと貴方はよく言っていたわね」

妻は、私に、何気なく継続雇用を選択するように促している。それは多くの先輩が「継続雇用」か「子会社へ出向」をしていることを知っているからだ。

「五月は、バラが咲く季節よ。わたしの一番好きな花はバラの花。いつまでも、わたしの庭に咲いていて欲しい。ただそれだけよ」

意味深なことを言う。

退職金の件で妻が、退職金を楽しみにしている理由はよく分かる。それは、妻の貯め込んだ家族の為の預金を私が一瞬にして無くし、借金だけが残った為だ。

定年前までには借金はなくなる予定だ。バブルの時、脛に傷を持つ身になってしまった。当時優良企業に何度も訪問した。その企業の社長、幹部とも気心の知れた関係となりその企業が上場することになった時、その社長から直接、資本参加を依頼された。家中の財産を社長の説明を信じて資本参加した。上場すると投資した額が十倍以上になる。

その会社の業績は大変順調で不安は無かった。

しかし、その二年後、ある有名大学の教授が、会社の主力商品に対して、非難するコメントを出し、その内容が新聞に載った。

その反響は大きく、その商品だけでなくほかの商品も売れず、スーパー、百貨店等の販売店から返品されてくるありさまで、今までのように躍進するような雰囲気とは違い、坂道を転げ落ちる勢いであった。世に言う「風評被害」だ。世の中は、小さな不安があるとその不安は雪山を転げ落ちるたびに雪だるまが大きくなるのと同様にモンスターのように膨れ上がる。

「風評被害」は思ったより強烈な脅威で、恐ろしい。そんなことで上場の話があってから二年経過して倒産した。投資した額は、一円も戻らなかった。預金は、全て無くなってしまったのだ。妻は、私を責めることをしなかったが、責めたい気持ちは十分にわかる。

その件については、生きている限り妻には頭が上がらない。頭が上がらないことは、他にも、いろいろとある……ゴメンナサイ。

男には、脛に傷を持つことが多い。気を付けなければ家庭が崩壊する。

※本記事は、2021年3月刊行の書籍『明日に向かって』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。