老画家(その2)

遺作展の会場、出雲文化伝承館は町外れの広い公園の中にあり、出雲の地にふさわしく落ち着いたしっとりした建物で、ホテルからはタクシーで十分ほどだった。開館前にセレモニーが行われるため、会場は準備に忙しかった。

そこには、すでに三十人ほどの人々が集まっていた。画家の二人のご子息、妹さんの姿もあった。

式は市長の挨拶から始まった。画家の生家は代々、出雲大社の神職の家系であること。画家が五十二点の大作を寄贈したこと、その絵が、ここに届いたのは画家の亡くなる二週間前であったことなどが話された。次に館長の謝辞、ご子息の挨拶。そして展示室の前のテープカットに続いて、ご子息を先頭にぞろぞろと展示室に入った。

画家の遺作五十二点が三室に展示されていた。いずれも展覧会に出品した大作ばかり、かつて見たことのある絵も沢山あった。パリの街並み、北フランスの海辺、冬の荒波が砕ける出雲の浜など。こうして一堂に展示されてみると、画家の情熱がひしひしと伝わってくる。

どの絵も見ていると、その手に握られたペインティングナイフが、ガリッガリッと絵の具を引っかく音や筆を走らせる音、息使いまでが聞こえてくるようだ。私はそれらの絵の迫力にすっかり圧倒されていた。おそらく画家はキャンバスを前にすると、周りの一切を振り切って没頭したであろう。それは画家の自己との戦いであったろうと思えた。

画家は、おしどり夫婦で知られていたが、その息子たちにとっては気難しい、激しい父ではなかったかと想像できた。私は画家が夫人を失くした後の傷心した姿や、晩年の穏やかな一面だけに接していたのかもしれない。ご子息に「お父上は情熱の人でしたね」と言うと、「いやぁ、それは喜怒哀楽の激しい人でした」という答えが返ってきた。

展示された五十二点の絵をゆっくりと時間をかけて観てカタログを求めた。それから庭園をひとまわりして、茶室に入り、昨日寄ったお菓子屋のお饅頭とお茶を頂いた。

外はあいにく冷たい雨になった。ここにまた来ることがあるだろうか……と思いながら文化伝承館に別れを告げた。