冷蔵庫でキンキンに冷えたコーヒーを、念入りに洗った硝子のコップに丁寧に注ぐ紀行。巡波と初めて対峙したときほどの心の動揺はない。あいにく巡波は留守だった。

「撮影は後日でもいいんですけど、ポスターには印刷代が書かれていなかったから、散歩がてら、この建物まで歩いてきました」

「撮影を本気で望む人だけに金額を教えるように、と社長(巡波)から……。一応、訊かせて下さい。撮影するなら何部希望しますか?」

「丁度、百部お願いしようと思って来ました。金額を教えて下さいますか?」

「我が社で扱うポスターのサイズは一律でB4、価格は一部3円になっています。ですから、300円ということになりますね」

「さ、さんびゃくえん? や、安いですね。あ、でも、そっかぁ……。お豆腐算で換算すると……っと」

「お、おとうふざん?」

状況がつかめない様子の紀行。激安価格に目を輝かす反応を待っていたのに……。

「食べ盛りの弟が居るんです。ウチ、あまり自由なお金が無いから、基本、かさ増し料理に頼っちゃうところがあって……。豆腐ハンバーグ、食べたことありますか?」

「い、いや、無いです。ジューシーかつヘルシーな献立っぽいですね」

「食感は、まさにお肉そのものなんですよ。……って、何の話でしたっけ?」

「あ、ああ……300円から少し脱線しましたね。本来はメイク代や衣装代、フィルム代も別途頂くようにするべきなのですが、当面は社長のポケットマネーでなんとかするようです。今、社長始めスタッフが社外に居るようですが、連絡先を控えることは可能ですか?」

「いいですよ、電話番号は……」

こうして、「相川れの」とのファースト・コンタクトが終わった。絶対零度、なんて仰々しい見出しを勝手に付けてしまったが、気さくというか、しっかり者というか、二次元以外の集いが開かれても、ファンの心を鷲掴みにする要素を兼ね備えているように分析した。

安達さんが画策していたように、県内の女の子たちの希望の架け橋になる様な、夢のある企画になるだろうか?ぼくは、大事なことをまだ、安達さんに話していない。どうしてぼくが四つ葉館を選んだのか?ということの真意。

引っ張るほど、驚きの事実では無いにせよ、近い内に話さなきゃ。硝子のコップをスポンジで洗い、食器乾燥機に優しく置く。

ぼくと四つ葉館。ぼくと安達輝。これも何かの、因果なのだろう。

※本記事は、2021年1月刊行の書籍『AFLC』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。