「俺のせいなんだ」

「十八時四十七分、立花裕子さん。永眠です」

対光反射消失、呼吸および心拍の停止。わたしは聴診器を首に掛けると、最終宣告を下して深々と礼をした。裕子さんの人生はこうして幕を閉じた。稔さんは彼女の横たわるベッドに覆いかぶさるようにして、声を張りあげてむせび泣いた。命の別れを日夜経験する歴戦の看護師たちも、このときばかりは心乱されて涙ぐんでいた。

掛けられる言葉などなかった。もしなんらかの言葉で彼の涙を止めることができ、痛ましいまでの悲しみを癒せるのなら、わたしはその言葉を吐いて二度と口がきけなくなっても構わない。

彼の横には背中を丸めた礼央くんがいて、身動きしない裕子さんをきょとんと見つめていた。その眼は濡れないばかりか睨んですらいた。まるでお留守番を命じられたことを恨むかのように。礼央くんはちいさな手でわたしの白衣の裾を引っ張った。

「お母さん、なんで動かないの」

無垢なる者の質問をはぐらかすわけにはいかない。目線を合わせるために膝を曲げる。礼央くんはわたしの身長の半分にも満たなかった。そこには裕子さんとそっくりな少年の、まるっこくてあどけない顔があった。礼央くんはお母さん似だ。

「……つき」

わたしが答えを模索しているうちに、礼央くんは唇をふるわせてなにかを呟いた。聞き返そうとした瞬間、ちいさな身体では考えられないほどの力で、礼央くんはわたしを突き飛ばした。意表を突かれておおきく体勢を崩して尻餅をつく。白衣の胸元に差していたペンライトがカラカラと床を滑った。

「うそつき、うそつきじゃないか」

「礼央くん。わたしは」

「返してよ。先生がダメだから、なにもできないから、お母さんが動かなくなったんでしょう」

礼央くんは真っ赤に充血した眼でわたしを睨んだ。その短い言葉がすべてを言い表していた。わたしの非力さが、無力さが、彼から母親を奪ったのだ。

礼央くんは深みからもがくように叫び続け、わたしに殴りかかろうとした。取り巻きの看護師が金縛りから解けて、間一髪のところで彼を押さえつける。わたしはよろよろと立ちあがり、(いか)れる少年に真っ向から向き合う。

「たくさん針を刺して、薬をいっぱい飲ませて。なにがお医者さんだ」

礼央くんは看護師たちに必死に抵抗しながら唾を吐き散らすようにして罵声を浴びせる。その姿は野獣のそれだった。

「なにが先生だ。おまえが代わりに死ねよ」