時間だけが過ぎていく定年前、脛(すね)に傷持つ身にはつらい

定年前は、誰でも悩むもの、会社に勤める男は更に悩む。何十年間の間に色々な箇所に傷を持つ過去。今、考えるとよく乗り越えて来たものだ。

厳しいリハビリ期間も終え、会社に復帰する時が来た。若干の箇所は除いてほとんど後遺症は残らず以前同様に業務ができる状態に戻った。

復職前から、電話等で業務対応していたことから復職に対しての不安、新たな思いはなく、脳梗塞で長期休職のため会社は、私の体を心配しての配慮で残業等はさせない。

保険会社は、ストレスが多くストレス耐性の強い者を必要としている。私にとって仕事としては大変魅力的で遣り甲斐のある業務であり、業務に没頭させる新鮮な毎日を提供してくれるそんな仕事が私は好きだ。残業がなく、早帰りの毎日は別会社に来たようで、今までの様な緊張感がなく業務への取り組み姿勢が変わった。

以前本社で、企業年金等の規定、資金運用、各拠点への指導を行う業務を行っていたため入院当時は支社勤務で同様の業務を行っていた。復職後も入院前と同様に、企業年金等の専門職として各拠点及び企業の指導に就いた。

残業が必要でない専門職の業務になって、専門職としての仕事を行うことにプライドを持つことはできるが、今まで時間に影響されず業務に邁進できた時期と比べ、このまま定年までの数年を過ごすことに物足りなさを感じつつあった。

いつものように、帰宅し玄関のドアーを開けて、

「只今……。帰ったよ」

「お帰りなさい。毎日、早くていいわね」

拠点長、ライン長の時は、毎日、帰るのは十、十一時で、食事して、風呂に入り、寝る。そんな毎日だった。入院前も早く帰らない。妻のそんな言葉も、復職当時は嫌味に聞こえた。今では、

「今日もいつものとおり、絶好調。今日は何」

夕飯の献立を聞くのが日課になった。

定年後の方針が決まるまで、ほとんどの時間を、好きな本を読み漁ることに使い「宮城谷昌光」「北方謙三」など読破するも、定年が近づくにつれて、定年後のことを考えることが多くなってきた。「定年退社」「継続雇用」如何しよう。

※本記事は、2021年3月刊行の書籍『明日に向かって』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。