「月子さん、一切れどうですか?」

慌てて喋りかけたけど、もしかして俺、地雷踏んだ? 鱚の天ぷらをすすめて大丈夫か?

「いただくわ」

すかさず大将が小皿に塩を盛って月子さんに渡した。

「大きいふっくらしたこれをもらうわね」

おもむろに一切れ箸でつまんで塩もつけずに食べた。ちょっと、一口で食べちゃったよ。

「あっちー。めちゃめちゃ熱いんだけどこれ」

「はい。揚げたてなんで」

「でもヤバいほど美味しい」

あれ? 月子さん、泣き止んだ?

「鱚ってこんなに美味しいんだ~!」

「そっそうですね」

恐る恐る大将が答える。

「すごく上品な味でいくらでもいけちゃうわ~。俊平さん、もう一切れいただいてもいいかしら」

「はい。どうぞ、どうぞ。あ、大将、もう一人前追加してもいい?」

「もちろんです」

そこからは……。二人とも無言で食べた。食べ続けた。揚げたてで熱すぎて喋れなかったのと、美味しくて箸が止まらなかったのだ。加えて俺は月子さんになんて言ったらいいのかわからなかったのだが。

「お二人とも、きれいに食べてくださってありがとうございます」

すっかり空になった皿をさげながら大将が言った。

「私、泣いたりしてバカみたい。鱚ってフワフワして美味しいものなのね。誰もが羨むものなのね……。今回のことはただの噂だし、ただのやっかみよ。

私に対する嫉妬かもね。こうなったら浜松のすべての色男とキスしてたって言われるぐらいの女になってやる。どう、俊平さん。鱚の天ぷらのお礼にキスしてみる?」

そう言って油でテカテカの唇をペロリと舐めた。ひえ~。

「あ、その、いえ、なんとも」

なんで月子さんそんなに元気になっちゃったんだ。この店、スタミナドリンクでもビールにいれてるのかな。なんだかモリモリ元気な月子さん。元気になってくれたのはいいけど、パワー炸裂で逆に男は引くと思うんだけど。

「俊平さん。月子さんからお誘いされてますよ」

大将がニヤニヤしながら俺を見る。

「ごめん。明日早いんだった大将お勘定」

「え~! もう帰っちゃうの?」

「お釣りはいいからねー」

俺は店を飛び出した。泣き声から笑い声に変わった月子さんに送られて。

※本記事は、2021年3月刊行の書籍『微笑み酒場・花里』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。