人間的な関係が保てる教育

私はこれまでいろいろな教育者を見てきましたが、「子ども」との関係がどうも機械的だったり、その関係が主従関係だったり、上辺だけの関係だったりする場面を見かけることがときどきありました。

私がいつも大切にしていることは、相手が「子ども」であろうとなかろうと教育するにあたっては相手を自分と同じ「人」として見るようにすることです。あくまでも、教育する側と教育される側の関係は対等であるべきだと思っているのです。

「そんな甘い考えで子どもを教育できるはずがない」とも言われそうですが、この「同じ『人』として見る」は、子ども相手に迎合しているわけではありません。あくまでも「人」として生きていくにはどうすればいいのかという「心」や「行動」のキャッチボールが大切だと思っているのです。

子どもの進もうとする道が誤っていると思えば問い質しますし、甘えていれば叱咤激励もします。前に進む力がなければ、寄り添って励ますこともします。これは子どもを一人の「人」として見ないとできないことだと思います。

こうした教育は、簡単そうですがなかなか難しく、押し過ぎてもダメ、引きすぎてもダメ。どこで、「人」としての位置を保つのか、その子どもにとって「人間らしい」とはどういうことなのか、絶えず探り続けなければいけません。そして、教育しながらその結果を見続けなければいけないのです。

決して教育者側だけの考えでは人間的な関係を保つことはできません。

「人」だからこそ「子ども」を「人」へと教育できる

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『「子ども」が「人」に育つには』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。