「もう大丈夫か。心配したぞ。今は普通に歩けるのか」

「大丈夫だ」

「ゴルフ中でなくてよかったよ。ゴルフ中だったら死んでいたかも」

ほんとに、遠慮のない奴だ。

「今日は、ゴルフには行かないのか」

「ゴルフばかり行っていたら、お金がどんなにあっても足りないよ」

「定年後は、どうする気だ」

「先輩のコネを使って子会社でやるつもりだ。六十五歳まで仕事できるらしい。お前は、継続雇用か。慎重に考えた方がいいぞ。継続雇用の要件に身体に問題がないことという要件があることを知っているか。業績なら問題は無いが、脳梗塞だろ。狭心症もあるし」

「そんなことがあるのか。まずいな。うちのは継続雇用するものと思っている」

「定年前の長期入院じゃあ厳しいな」

「お前なら、身体のことを言わなければ、どこでも使ってくれるさ。ところで同期が死んだこと聞いたか」

同期が一人亡くなったことは他の同期からの携帯への連絡で知っていた。

「胃癌だよ。無理していたからな」

これで、同期で亡くなったのは二人目だ。二人とも癌だ。私も三人目になるところだった。

気がおけない同期は良い。病院に見舞いに来て仲間の亡くなったことを平気で言い合えるからだ。気を使わず、なんでも遠慮せず言う。たまには、腹立たしい時もあるがお互い様だ。

「そろそろ、退院しようと思っている。今までと変わらない様だし」

「ほんとに大丈夫か。無理するな。休めるだけ休んだ方が良いぞ」

そんなことを言われて、両手の指が目を閉じて指先がつくか試してみたくなった。

「手を前に出して、目を閉じろ。そのまま人差し指の指先を合致させてみろ。もっと手を前に真っ直ぐ伸ばして」

「なんだ、これか。簡単じゃないか」

簡単にやってのけた。何人かお見舞いに来たが、何人かは苦労していた。俺がやってみせると、指先が合致しない。何度やっても合致しない。

「これが、脳梗塞か」

そんなことに感心していた。おかしなやつだ。

そんなことがあってから、しばらくして退院することにした。まだ、不安がないと言えばうそになるが、

「まあ、いいか」

の気軽な感じで退院した。

入院が長かった為か、少し歩くと疲れる。当初は、不安な為杖をついて歩いた。家でのリハビリは川沿いの歩行で少しずつ距離を伸ばしていった。

※本記事は、2021年3月刊行の書籍『明日に向かって』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。