孝雄を駅まで迎えに行って家に戻ると、私はまたいつものように、まずは寝室に彼が寝る布団を敷いてから、自分の布団を抱えてリビングにおりようとした。

と、その時――ついに怒鳴り声が飛んできた。

「夫婦は一つの部屋で寝るものだ!」

(きた! とうとう、スイッチが入ってしまった……)

でも、それでも「すみません」としか言わない私を、孝雄はまた怒鳴りつける。

「夫婦は同じ部屋で寝る、それが普通だ! どうしてお前は、それができないんだ! 別々に寝るなんておかしいだろう!」

「それなら浮気の説明を」

と言うと、

「お前に対する腹いせだ!」

と叫んで、今敷いた布団の上から床を、握りこぶしで何度も何度も叩きつける。

(はぁ?)

「腹いせって……あなたのお母さんのことだって、私が一人で介護したようなものなのに……」

思わず言った私に、今度は、「それだけは言われたくないのに」と前置きしてから

「死んでやる!」と声を張り上げ、これ見よがしに部屋を整理し始めた。

そして、まだ収まらない怒りにまかせて、

「本当は二日前に死のうと思った。でも家族を思ってやめたのに……」なんてことも口走っているけど……ちょっと待って。

(二日前ゆうたら、心菜さんから〈バイバイ〉のメールが届いた日やん!)

自分から一方的に関係を絶っておきながら……実は未練たらたらだった?

これって、私にバレたことより、心菜さんにサヨナラされたことのほうがショックだったってことだよね……。

じゃあ、どうして私と別れて心菜さんのほうにいかなかったんだろう。

ひょっとして、私のほうが、感情をぶつけやすいから?

――ともあれ私は、この隙に布団を持ち出して下におり、娘たちに「ごめんね」と謝った。

「本当にすごい音がしたけど、大丈夫なの? 隣の家から、おばさんが驚く声も聞こえてきたし……」

と、そう話している間にも、真上から“ガタン! ドスン!”と、大きな音が響いてくる。

私が、「もう一度上に行こうか?」とジェスチャーすると、娘たちは「上には行かないほうが……」と、首を横に振った。

(そうだよね……。それに「死んでやる!」なんて言ってたけど、そんなこと、あの人が本当にできるとは思えないし……)

「あの子はもともと気の小さい子やから……」と、生前、義母がよく言っていたものだった。

そして、「ぼくちゃん、ぼくちゃん、って、お父ちゃんに可愛がられて育ったんや」とも……。

次の日の朝、起きて布団を寝室に戻しに行くと、はたして夫は生きていた。

「よく寝たみたいやなぁ!」と言ってにらむその眼は血走り、顔は鬼の形相ぎょうそうだったけど……。

「死んでやる!」というのは、やっぱり口だけだったようだ。

それにしても、どうしてこの人は、浮気が発覚しても「同じ部屋で寝るのが夫婦」だなんて、平然と言えるのだろう。

そう言われて、「はい、わかりました」と答えるなんて……普通の感覚じゃ、あり得ないから!

こんな頭のおかしい人とは、いつまでも一緒にいられない。

このままでいたら、きっと何かしら事件が起こる……その前にカタを付けなければ。

私への愛情が憎しみに変わっている今、一番考えなければならないのは、私と娘たちの身の安全をどう確保するかだ。