三か月前

「ピンポーン」

「ピンポーンピンポーン」

三回チャイムを鳴らしたが、反応がない。

思い切って玄関のドアを開けてみると、鍵は閉ざされたままだった。

蓮は、過去の記憶を手繰り寄せた。裏口なら開いているかもしれないと、家の裏側に回った。そこには勝手口が一つあった。それは、居間の台所に繋がる扉だと記憶されている。

扉のノブを回してみると、やはり開いていた。用心の為、表の玄関はいつも閉めてあるのだろう。老人が一人だけ住んでいるとしたら、無理もない。蓮はそこから、家の中へ向かって、祖母を呼んだ。

「ばあちゃん」

自分の声が、家中に響いた。中は静まり返っている。人がいる気配は感じられなかった。

「はあ」

蓮は諦めて扉を閉め、家の外を見渡した。すると、畑の世話をしている一人のおばあさんが、蓮に背中を向けて作業しているのに気づいた。腰は曲がっていて、八十歳過ぎくらいだろうか。ああ、と口から言葉が漏れた。蓮はそのおばあさんに近づき、後ろから声を掛けた。

「ばあちゃん、分かる? 蓮だよ」

そのおばあさんは、作業をしていた手を止めて、振り向いた。

「え?」

「蓮だよ」

「蓮、まさかあんた」

ああ、覚えていてくれたんだ。

日焼けをしないように、顔の周りは大きな布で覆われていた。ギンギンに差し込む日差しに影を作り、暗くて表情はよく見えなかったが、この人が、幼い頃に自分を可愛がってくれた祖母であろう事は、その声からして間違いなかった。幼少期に暮らした人の声をよく覚えているものだなと、蓮は感心した。

「きなさい」

そう言って祖母は、家の方に歩き出した。どうしてまあこんな場所にと、独り言を言う祖母の声が聞こえた。蓮は、汗を地面に滴り落としながら歩いていく祖母に着いて行き、裏口から家の中に上がった。中に入ると、その温度差に少し鳥肌が立った。外の熱気を感じさせないほどの涼しさが、蓮の体温を下げていく。

家の中を見渡すと、老人が一人で暮らすには勿体ないほどの広さだった。懐かしかった。家の中は昔と何も変わっていない。蓮が幼い頃からあった、使い古された木製の食器棚には、いつぞやのお礼で贈呈されたのであろう食器類が、大量に重ねられている。優しい風が肌を擦れるのを感じた蓮は、ふと窓を見やった。窓が少し開いていた。この花柄のカーテン、懐かしいな。

この柄は一体誰の好みだろうか。到底おふくろの好みでもなさそうだなと、蓮は思った。

蓮は、勢いよく空気を肺の中に吸い込み、ふうと吐いた。木造二階建てのその家は、何処からともなく淡い木の匂いが感じられた。