二〇〇一年一月二十七日(土)の早朝、トイレの操作やテレビのリモコンスイッチ操作がままならず右指に力が入らないことに気づいた。寝癖の悪さから橈骨神経麻痺をきたしたのではないかと勝手に考え、朝食をすませると、朝のスタッフミーティングに臨んだ。

午前中は外来診療、午後は講演会の講師を頼まれていた。右手が不自由のため、カルテの記載をナースにやってもらい、しびれの回復を待つつもりだった。

ところがミーティングの最中、薬剤師の松田が突然口を開いた。「先生! すぐ救急車を呼びましょう! 休診にしてください!」。日頃は温厚な松田の有無を言わさぬ発言だった。松田は発音の不自然さ、不明瞭さに加え、口角のゆがみに気づき、脳梗塞を疑ったのである。

松田の強引な態度に押され、救急車に乗せられ、緊急入院となった。

外来休診、講演会の中止要請も松田が取りしきった。幸いにも脳梗塞は早期治療が奏効し、合併症もなく十日後には退院できた。六十二歳の脳梗塞、日頃の不摂生がたたったのだ。

当時、沖縄県小児科医会の会長の職を終えたばかりで、ハードな日課が連日続いていた。その年の九月、アメリカで同時多発テロが起きたことから多発テロのニュースが出る度に当時の記憶がよみがえり、自戒の念を深めた。以来、減量・食事・運動の厳しい日課が始まった。

※本記事は、2020年3月刊行の書籍『爆走小児科医の人生雑記帳』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。