大阪

電話があってから相談所の職員と逢う三日後の約束の日まで雅代は、幹也の顔を思い浮かべながら不安な日々を過ごした。

雅代は、約束した日時に児童相談所の上原と名乗る女性職員と大阪難波駅の改札口で落ち合い、落ち着いて話のできそうな駅近くの喫茶店に入った。

「あそこにでも座りましょうか」

上原は喫茶店のレジから離れた奥まった四人掛けの席に雅代を誘った。

隣の椅子に脱いだグレーのチェスターコートを置き、椅子に座ると上原は黒いバッグから名刺入れを取り出した。

「南勢志摩児童相談所の上原と申します。お電話では失礼を致しました」

そう言って正面に座った雅代に相談員と肩書きのある名刺を渡すと軽く頭を下げた。

「柴原さんもコーヒーでよろしいですか?」

そう訊かれて雅代が「ええ」と頷くと、上原は水の入ったコップとお絞りを持って注文を聞きに来たウエイトレスにホットのブレンドコーヒーを二つ注文した。

「お仕事よろしかったですか? お忙しいところご無理を申しまして済みません」

上原は雅代に足労を掛けたことを形ばかりに詫びた。

「いえ、今日は以前から決められている休暇で仕事を休んだというわけではありませんので。それより、幹也のことで相談とは何なのでしょうか?」

引っ詰め髪に化粧っ気の無い顔の雅代が気を急くようにして訊いた。

上原は、雅代に息子の幹也が父親から受けた痣のできるほどの虐めの状況を淡々と語った。雅代はあまりのことに涙ぐんで聞いていた。続いて上原は、雅代の大阪での暮らしぶりを訊いた。最後に幹也を引き取ることが可能かどうかを雅代に確かめた。

志摩の婚家を出るときの逸男の口ぶりから、幹也は父親の許で可愛がられながら育てられているとばかり思っていた。幹也のことは片時も忘れたことはなく逢いたいとは思っていたが、幹也が父親に叩かれて痣のできるほどにつらい目に合わされているとは夢にも思っていなかった。

二年ほど前の婚家を出るときの幹也の悲しそうな泣き顔が切なく蘇った。途端に逸男に腹が立ち、私なら舐めるように可愛がることができるのにと雅代は一も二もなく幹也を引き取ることを承諾した。