翌十月二十二日朝、飛び起きてカーテンを開けた。

空はどんよりと重かったが、紅葉に映るブレッド湖が一望できた。芦ノ湖の五分の一という湖は、周囲を小高い山に囲まれ、対岸のそそり立った岩山の上の、小さな城が目を引いた。

湖の中程の小さな島に木々に抱かれた教会の尖塔が見える。

赤い屋根が美しい。しんと静かな光景であった。

朝食後、街に出た。

ここは有名なリゾート地と聞いていたが、数えるほどのホテル、レストラン、カフェ、小さなスーパーマーケット、お土産屋。銀行は一つだけらしい。

派手なものは全くない町並みである。

湖畔を歩く。遊歩道は清潔に整備されている。今、紅葉は真っ盛りで水はあくまでも透明である。

岸に繋がれたボートが、季節が終わったことを語っているようだ。

人影もまばらで、土地の人らしい夫婦がゆったりと歩いている。途中、カメラを据えていた若い男性から声がかかった。

「日本の方ですか?」

「ハイそうです。貴方も?」

「ええ、ここでもう三日もこうしているのですが、ずーっとこんなお天気で仕事になりません、明日は移動しようと思っています」

「そうですか。昨日、上空から見た限りヨーロッパ中が雲の下という感じでした」

「それはまいったなー」

しばらくおしゃべりをして、諦めたように三脚を抱えて歩き出した。

私たちは、対岸の山の向こうの町を歩いてみた。

家々は小さく、決して豊かそうには見えなかった。

目に止まったのは、辻ごとにあるマリア像のお堂で、どのマリア様にも花が手向けられていた。

この国はほとんどの人がカトリックと聞いた。

―日本の街角の地蔵堂を思い出した。小さな公園に、野菜と果物の露店が出ていた。アッ! みかんがある―。

「これはなんと言うのですか?」

と英語で聞いてみた。

主はスロベニア語だけらしいが意味は通じたらしい、「マンダリーノ」と言った。

初老で細面の主は機嫌が良かった。

私はそのマンダリーノを二つ買った。甘かった。

それにしても寒い。昨年、添乗員が同じ時期に来た時は、良いお天気続きで暖かかったそうだが―。

鉛色の空がその重さに耐えかねたように雪が降り出した。

散歩を諦めて私達は、湖畔のレストランに寄った。

中にはすでに数人の仲間がコーヒーを前にスケッチブックを開いていた。

「本日のスープがお奨め」とのこと、野菜たっぷりの温かいスープで体がほぐれた。

私はスケッチを諦めた。ホテルに戻り、ボンヤリと外を見ていると雪は激しくなり、たちまち景色はかき消されてしまった。

次の朝、雪はまだ降り続いていて十センチほども積もっていた。

やれやれ今日も一日ホテルに缶詰めかしら―。

仕方なくロビーに出てみると、仲間の面々は雪景色を描いていた。

「思い切って、チトーの別荘へ行きましょう」と、渋る夫を促してホテルを出た。

傘をさして雪道を歩いた。とても水っぽい雪だった。

※本記事は、2021年4月刊行の書籍『日々の暮らしの雫』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。